すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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07 15

1.ソドム滅亡の予告

・創世記18章、19章には、罪の町として知られていたソドム滅亡の物語が掲載されています。かつて栄えたソドムの町が突然世界から消え去り、その後に巨大な塩の柱が残されたことを、当時の人々は不思議に思い、「ソドムは神に裁かれて滅ぼされた」との伝説が生まれ、その伝説を、創世記記者が、アブラハムとロトの物語として編集していったと推測されています。私たちは創世記記者の信仰に注目して、この物語を読んでいきます。
・創世記記者は、主のみ使いがアブラハムを訪ねたところから、物語を語りはじめます「(彼らは)そこを立って、ソドムを見下ろす所まで来た。アブラハムも、彼らを見送るために一緒に行った。主は言われた『私が行おうとしていることをアブラハムに隠す必要があろうか』」(18:17)。そして主はみ使いを通して言われます「ソドムとゴモラの罪は非常に重い、と訴える叫びが実に大きい。私は降って行き、彼らの行跡が、果たして、私に届いた叫びのとおりかどうか見て確かめよう」(18:20-21)。アブラハムの最初の召命から25年が経過していました。主はアブラハムを信頼し、ソドムの裁きについて、彼の意見を求められます。
・主は「ソドムとゴモラを罪のゆえに滅ぼす」とアブラハムに告げられました。「罪のゆえに滅ぼす」、洪水物語と同じ言葉です。しかし洪水物語ではノアが残され、そこから人類は再び繁栄を取り戻すことが出来ました。アブラハムは「正義と憐れみに富むあなたが、何故ソドムを滅ぼすのですか」と抗議します。「アブラハムは進み出て言った『まことにあなたは、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにはならないのですか。正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界を裁くお方は、正義を行われるべきではありませんか』」(18:23-25)。私たちの信じる神は独断で行為される方ではなく、人間の意見にも耳を傾けられる方であるとの信仰がここにあります。
・アブラハムがソドムの運命に関心を持つのは、一つはソドムに甥のロトが住んでいた故と思われます。しかしそれ以上に、「神は悪人の悔い改めを待っておられる方だ」と信じるからです。神は悪人でさえ滅ぶことを喜ばれない。預言者はその言葉を記しています「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか・・・私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」(ホセア11:8)。アブラハムはソドムのために必死に言葉を連ねます。「『もしかすると、五十人の正しい者に五人足りないかもしれません。それでもあなたは、五人足りないために、町のすべてを滅ぼされますか』・・・アブラハムは重ねて言った『もしかすると、四十人しかいないかもしれません』・・・『もしかすると、三十人しかいないかもしれません』。・・・『もしかすると、二十人しかいないかもしれません』。主は言われた『その二十人のために私は滅ぼさない』」(18:27-31)。
・アブラハムは最後に語ります「主よ、どうかお怒りにならずに、もう一度だけ言わせてください。もしかすると、十人しかいないかもしれません」。それに対して主は言われます「その十人のために私は滅ぼさない」(18:32)。アブラハムはそこで止めます。ソドムの町には「正しい者が一人もいないであろう」ことを推察したからです。「主はアブラハムと語り終えると、去って行かれた。アブラハムも自分の住まいに帰った」(18:33)と創世記記者は結びます。

2.ソドム滅亡の伝承の背後に

・ソドムのあった死海地域は海抜マイナス418mと地表で最も低い場所で、アスファルトや硫黄等の可燃性鉱物が大量に地下に埋蔵されています。また東アフリカからトルコにかけての大地溝帯に位置していて、地震の多い地域です。現代の地質学者は、「ソドムの滅亡は地震等により地下の鉱物や気体が発火し、爆発と大火災を起こして、町々が埋没し、ソドムの遺跡は死海の下に眠っているのではないか」と推測しています。このソドム滅亡について、イエスも弟子たちも、神の裁きの結果だと認識しています。
・イエスは言われています「カファルナウム、お前は天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済む」(マタイ11:23-24)。私たちもまたソドムの住民であり、滅ぼされても仕方のない存在であるのに、神の憐れみにより生かされていることを知りなさいと、イエスは言われているのです。新約記者もソドムの滅亡を神の裁きとして理解しています。「神はソドムとゴモラの町を灰にし、滅ぼし尽くして罰し、それから後の不信心な者たちへの見せしめとなさいました」(第二ペテロ2:6)。
・ソドムは神の裁きで滅ぼされたのか、そうであれば、「地震や災害等の天災は神が裁きとして起こされるのか」という疑問を私たちは持ちます。1755年11月に発生したリスボン大地震(マグニチュード9)は、当時の教会に大きな衝撃を与えました。その日は主の日で、多くの信徒が礼拝に参加しており、信徒たちは破壊された聖堂の下敷きになり、さらに起こった津波で流されました。信仰に熱いカトリックの国の首都が、主の日の礼拝を捧げている時に、地震の直撃を受け、聖堂と市街地が破壊され、数万人の信徒たちが死んで行きました。人文学者ヴォルテールは「災害によってリスボンが破壊され、10万人の人命が奪われた、神はなんと無慈悲だ」と主張し、人々の信仰は大きく揺すぶられました。この時、地震は地球の地殻変動によって起きるのであり、神の裁きではないと主張したのが、哲学者のインマヌエル・カントです。このカントの理解を私たちは継承しています。現代の私たちも、「地震や火山の噴火等はあくまでも自然災害であり、神の裁きではない」と理解しています。とすれば、ソドム滅亡を神の裁きと理解する創世記18章を私たちはどのように読むべきなのでしょうか。

3.物語が示す福音を見よ

・今日の招詞に創世記19:29を選びました。次のような言葉です「こうして、ロトの住んでいた低地の町々は滅ぼされたが、神はアブラハムを御心に留め、ロトを破滅のただ中から救い出された」(19:29)。創世記の記すソドム滅亡物語の主題は、ソドムの裁きと滅びではなく、その滅びの中からロトとその家族が救いだされたことにあります。何故ならば、神は裁くよりも遥かに大きく、救わんとしておられるからです。創世記記者は記します「ロトが正しい人であったからではなく、アブラハムがロトのために執り成ししたゆえに、主はロトを救いだされた」と。
・正義とは「人の罪の赦しを神に執り成し、祈る」ことです。イエスは自分を十字架にかけて殺そうとする者のために祈られました「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。これを聞いたローマの百人隊長は語ります「本当に、この人は正しい人だった」(ルカ23:47)。アブラハムは多くの過ちを犯しましたが、その過ちを通して他者の救いのために祈るものとなりました。だからこそ、彼は「信仰の父」と呼ばれるのです。
・ロトは決して正しい人ではありません。19章後半を読みますと、酒に酔って酩酊し、助けだされた娘たちと交わって子を産ませるような失態を犯しています(19:33)。伝承ではこの子供たちが近隣民族のモアブ人、アンモン人になったとされています。しかし主はこのような罪の結果から生まれたモアブ人やアンモン人も祝福されます。モアブの婦人ルツからオベデが生まれ、オベデからエッサイが生まれ、そのエッサイの子がダビデです。ダビデの子ソロモンはアンモンの婦人ナアマを妻に迎え、そのナアマから跡継ぎのレハブアムが生まれ、その系図がイエス・キリストに繋がっていきます。つまり、イエスの血の中には、モアブ人の血も、アンモン人の血も流れているのです。
・創世記の記すソドム物語の主題は、ソドムの滅びの中からでも、アブラハムの執り成しの祈りにより、ロトと家族が救いだされたことにあります。今回の西日本地区の集中豪雨により200人を超える方が亡くなられました。なぜあの人が亡くなって、この人が生かされたのか、私たちにはわかりません。そこには不条理があります。滅ぼされたソドムにも生まれたばかりの乳飲み子もいたでしょう、彼らも亡くなった、そこにも不条理があります。
・この世の不条理をどのように受け止めていくのは難しい問題です。長崎被爆者のために医師として働き、自らも原爆症で亡くなって行った永井隆は1945年11月23日、原子爆弾死者合同葬で浦上カトリック信徒を代表として「弔辞」を読みました。「原爆は神の摂理によって、この地点に持ち来らされました。世界大戦争という人類の罪悪の償いとして、日本唯一の聖地浦上が犠牲の祭壇に屠られ、燃やされるべき子羊として選ばれました。浦上が選ばれて燔祭に供えられたる事を感謝致します」。これはどう評価するか、意見が分かれます。またアウシュビッツ強制収容所を生き残ったエリ・ヴィーゼルはあるユダヤ人ラビに聞いたそうです「アウシェビッツの後でどうしてあなたは神を信じることが出来るのですか」と。するとラビは「アウシェビッツの後で、どうして神を信じないでいられましょうか」と答えたそうです。
・不条理をどう受け止めるべきか、わかりません。ただ言えることは、ソドム物語を通して、災害から救われ、生かされた命の中から、新しい命が生まれてきた、という福音がここに語られていることです。イエスは姦淫の罪を犯した婦人に言われました「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」(ヨハネ8:11)。過去に何があったかを問うのではなく、これからどう生きるかが私たちの課題です。創世記18-19章の中心テーマはソドム滅亡ではなく、ロトの救済であったことを再確認する時に、私たちは過去に目を向けて生きるのではなく、将来を主に委ねて生きる力が与えられるのです。


カテゴリー: - admin @ 08時11分42秒

07 08

1.アブラハムの信仰の揺らぎ

・創世記12章後半は、約束の地に導かれたアブラハムに与えられた試練についての物語です。アブラハムはメソポタミアのウル(現在のイラク)に住んでいましたが、「その地を離れて、私の示す土地へ行け」(12:1)という神の召しを受け、故郷を離れ、カナン(現在のパレスチナ)の地に行き、そこに祭壇を築いて「主の御名を呼びます」(12:8)。ところが約束の地で最初に与えられたものは、飢饉でした。「行けと言われて来たのに、来て見ると、食べるものもない。このままでは一族郎党、みんなが死んでしまう。自分は本当に神に召されたのだろうか、召されたのであれば何故」、アブラハムの信仰は動揺したと思います。
・彼の前には三つの選択肢がありました。一つは約束が幻だったとして故郷に戻ることです。故郷メソポタミアは豊かな土地であり、飢饉もありません。二つめは、約束をなおも信じてカナンの地に留まることでした。神は「あなたを祝福する」(12:2)と言われたのだから、養って下さると信じて留まり続ける道です。三つめの選択肢は、しばらくの難を逃れるために、食糧のある地に行くことでした。信仰的には留まることが望ましいと思われますが、当時のアブラハムにはそこまでの信仰はありませんでした。何故ならば、導かれる神がどのような方であるかを彼はよく知らなかったからです。
・アブラハムは、三つめの選択をして、食糧を求めて、豊かな穀倉地帯のエジプトに下ることにしました(12:10)。アブラハムは依然として信仰者です。しかし、今、彼は神の御旨を問うことをせず、自分の力を頼みにします。その結果、信仰は不従順となり、内側から挫折していきます。挫折した信仰は憂いを招き、憂いは不安をもたらします。彼は妻サラがひときわ優れて美しいことが気になります。不安に駆られたアブラハムはサラに言います「あなたが美しいのを、私はよく知っている。エジプト人があなたを見たら、『この女はあの男の妻だ』と言って、私を殺し、あなたを生かしておくにちがいない。どうか、私の妹だ、と言ってください。そうすれば、私はあなたのゆえに幸いになり、あなたのお陰で命も助かるだろう」(12:11-13)。
・アブラハムの懸念は現実となりました。エジプトに着くや、人々の視線は美しいサラの上に集中し、うわさは宮廷にも届き、エジプト王(ファラオ)はサラをハーレムに迎え入れます。そしてアブラハムはサラの兄として王から富を与えられます。「アブラムも彼女のゆえに幸いを受け、羊の群れ、牛の群れ、ろば、男女の奴隷、雌ろば、らくだなどを与えられた」(12:16)。新参の外来者が妻の出世によって裕福な財産家になりました。アブラハムは信仰の父といわれる人ですが、その人が、生涯の始めにおいては、妻を妹と偽って、彼女を王に売って身の安泰を保ち、金持ちになったという経歴を持ちます。
・この聖書記事がナチス・ドイツのユダヤ人迫害の一つの理由とされたそうです。アドルフ・ヒトラーは語ったそうです「これがユダヤ人だ。すでにその父祖たちにおいて後のユダヤ主義の宿命的兆候が確認できるではないか。旧約聖書は忌まわしい物語だ」と(ヴォルター・リュティ「アブラハム」から)。確かにアブラハムの行為は世渡りとしては賢い行為かも知れませんが、信仰者としては卑しい行為であり、何よりも神の約束を反故にする行為です。非難されても仕方がない。しかしヒトラーの知らない神の物語はここから始まります。

2.神の救済と赦し

・主はアブラハムとサラを救出されます「主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた」(12:17)。恐ろしい病気、疫病の蔓延です。エジプト王は原因がサラとアブラハムにあることを知らされ、彼に問いかけます「あなたは私に何ということをしたのか」(12:18)。ヘブル語「マー・ゾート・アッシータ」です。創世記では先に禁断の木の実を食べたエバに向かって神が「何ということをしたのか」と言われ(3:13)、また弟を殺したカインに対しても「何ということをしたのか」と言われました(4:10)。今また、主はエジプト王の口を通して、「何ということをしたのか」とアブラハムに問われたのです。信仰の人、アブラハムは恥ずかしさのあまり、下を向いたことでしょう。
・しかし主はそのようなアブラハムを見捨てず、彼との約束を守られます。創世記は記します「ファラオは家来たちに命じて、アブラムを、その妻とすべての持ち物と共に送り出させた」(12:20)。アブラハムは与えられた家畜や金銀を持って妻と共にエジプトを去ります。「罪を犯したのに神は私を赦してくださった」、私たちの信じる神は、私たちの想像も及ばないような方法で私たちを恵まれます。ここでの神は、エジプトのファラオを用いて、アブラハムをもう一度立ち上がらせるのです。

3.アブラハムの回心

・今日の招詞に創世記13:3-4を選びました。次のような言葉です「ネゲブ地方から更に、ベテルに向かって旅を続け、ベテルとアイとの間の、以前に天幕を張った所まで来た。そこは、彼が最初に祭壇を築いて、主の御名を呼んだ場所であった」。口語訳では「彼はネゲブから旅路を進めてベテルに向かい、ベテルとアイの間の、さきに天幕を張った所に行った。すなわち彼が初めに築いた祭壇の所に行き、その所でアブラムは主の名を呼んだ」とあります。「アブラムは主の名を呼んだ」、アブラハムはエジプトから約束の地カナンに戻ると、最初に主を礼拝したのです。アブラハムは主の導きを信じきることができずにエジプトに行き、その地で罪を犯し、恥ずかしい思いを抱いて約束の地に帰ってきました。そして最初にしたのは主の前に悔い改めることでした。自分が罪を犯したのに主は見捨てず救って下さった、それを知った時、彼の信仰者としての新しい人生が始まったのです。悔い改めた罪人は自分の罪、弱さを知る故、他者を赦すことができます。罪の赦し、これこそ旧新約聖書を通じた福音です。
・私たちが順調な時には、あるいは自分の力で生きていると思っている時には主に出会いません。しかし、過ちを犯し、砕かれた時に初めて、主の御名を呼び、その時、私たちは主と出会います。私たちは災いや苦難を通して自分の真実な姿を知り、神を求めます。その意味で、災いや苦難は、神から与えられる祝福であり、私たちは涙を通して救われていくのです。アブラハムは、ハランでの召命、カナンでの信仰の揺らぎ、エジプトでの罪と恥ずかしさを通して、信仰者として立てられて行きました。創世記12章前半は信仰者アブラハムの物語ですが、12章後半は罪人アブラハムの物語です。そしてそのどちらもがアブラハムなのです。
・悔い改めた罪人は新しい生き方をします。アブラハムはエジプトで手に入れた多くの財産を持ってカナンに帰ってきました。一緒に行った甥のロトもまた多くの家畜を持つ者となります。そして「アブラムの家畜を飼う者たちと、ロトの家畜を飼う者たちとの間に争いが起きた」(13:7)と創世記は記します。多くの家畜を飼うだけの十分な水と草がそこには無かったからです。先には食べることの出来ない飢饉という試練がアブラハムを襲いましたが、今度は多くを持ちすぎる故の試練がアブラハムを襲います。しかし、今のアブラハムは、もう自分の力に頼る人ではなく、神の召しを聞くものに変えられています。彼はロトに言います「私たちは親類どうしだ。私とあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも、争うことはやめよう。あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、私は右に行こう。あなたが右に行くなら、私は左に行こう」(13:8-9)。
・一方には肥沃なヨルダン川流域の草地があり、他方には水も牧草も乏しい荒野があります。牧羊者であれば、誰でもヨルダン川流域を選びますが、アブラハムは選択権を甥のロトに委ねました。叔父であり、年長者であり、強者であるアブラハムが、甥であり、年少者であり、弱者であるロトに選択上の優先権を与えたのです。罪を犯して無条件で赦されたアブラハムは、今は、赦して下さった方の御旨に従おうと決意しています。だから彼は自分の望みを優先せず、相手の望みを優先し、争いは回避されました。アブラハムが自己の生存権を自力で守ろうとしたら争いは拡大したでしょう。今のパレスチナで戦争が続くのも、お互いが自己の生存権を主張して譲らないからです。アブラハムは新しい土地を示されました。生活者としてのアブラハムの心は平安ではなかったでしょう。ロトの選んだ地の方が良いに決まっています。その彼に神は言われます「目を上げよ、下を向くな。私はあなたと共にいる。私の祝福はあなたにある」(13:14)。アブラハムはその地で祭壇を築いて主を礼拝します「アブラムは天幕を移し、ヘブロンにあるマムレの樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた」(3:18)。もしヒトラーが創世記12章だけでなく13章も読んだら彼は言うかもしれません「旧約聖書は確かに神が導かれた物語だ」と。
・人が動物を殺してその肉を食べて生きるように、私たちは罪を犯さずには生きていけない存在です。アダムとエバは罪を犯して楽園を追放されましたが、主は二人に革の衣を与えて保護されます(3:21)。弟を殺してエデンの東に追放されたカインにもしるしが与えられ、敵から守られます(4:16)。アブラハムにもこれから生きて行くのに必要な財産が与えられ、新しい旅立ちが守られます(13:2)。私たちの信仰生活もそうです。バプテスマを受けても何も変わらない、主日礼拝を守っても日常生活は変えられない、むしろ罪を犯し続ける。それにもかかわらず主は共にいてくださった、そのことを知った時、私たちの回心が生まれ、信仰者となっていくのです。アブラハムの物語は私たち一人一人が体験する物語なのです。


カテゴリー: - admin @ 08時29分01秒

07 01

1.信仰の決断をしたアブラハム

・7月から私たちは創世記を学んでいきます。創世記は1−11章が原初史と言われ、そこに記されているのは、「神の祝福を受けて創造された人間が、罪を犯して神に背き、神から離れていった」歴史です。人は神に背き、離反しました。しかし、神は人を見捨てられません。神は新しい救いの業とし て、一人の人を選び、彼に一つの民族を形成させ、その民族を通して人々を救うことを計画されました。それがアブラハムの召命に始まったと創世記の著者は告白します。
・創世記12章1節は記します「主はアブラムに言われた。あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい」。アブラム、後のアブラハムはメソポタミヤに住む遊牧民でした。遊牧民は牧草地を求めて移動生活をしますが、移動の範囲は、水と草が確保されていることが条件です。アブラハムは父テラの時代に、カルデアのウルからハランまで移住しています(11:31)。ウルはユーフラテス川とチグリス川が交差する河口の町、メソポタミヤ文明発祥の地です。そこでは月神が礼拝されていました。太陽や月は被造物に過ぎないのに、それを拝む文明が生まれ、神の創造の業が忘れ去られていた。神は創造の秩序の回復のために、アブラハムの父テラに偶像崇拝の町を離れ、新たな信仰の場を求めるように命じられ、テラはユーフラテス川に沿って北上し、上流のハラン地方まで移住しました。テラはそこで死にます。テラの息子アブラハムに「ハランを離れて、私の示す地に行け」との神の召しがありました。
・ウルからハランまでは1000kmの距離がありますが、ユーフラテス川に沿う地域ですので、水と草はあります。水と草があり限り、羊や山羊を養って生きる遊牧民の生活は保証されています。しかし、今回の神の示しは、ユーフラテス川から離れて砂漠を超え、カナンに行けというものでした。そこはメソポタミヤの遊牧民にとっては未知の地、水や草が保証されない地、盗賊や野獣の危険に満ちた地でした。神はアブラハムに「私を信じ、見たことのない地に行け」 と言われました。「私はあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める・・・地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る」(12:2-3)と言われます。「約束を信じて、一歩を踏み出せ」と言われた。彼はその時75歳、人生の盛りは過ぎていました。妻サラは不妊で子供もありません(11:30)。アブラハムの人生はもう終わったようなもの、まもなく閉ざされる、その時に彼は召されたのです。彼は神の言葉に従い、カナンを目指して歩き始めます。
・この一歩が、世界史を変える一歩になります。もしアブラハムがこの時の呼びかけに応えなければ、イスラエルは約束の地に到達せず、ユダヤ民族の形成もなく、当然イエス・キリストも生まれず、その結果教会も生まれなかったでしょう。私たちが今日ここに礼拝に集まることもなかったかもしれない。アブラハムのこの一歩はそれほど大きい意味を持つのです。だからこそ、アブラハムはユダヤ教においても、キリスト教においても、さらにはイスラム教においても、「信仰の父」と呼ばれます。

2.信仰が揺らいだアブラハム

・アブラハムは一族郎党を引き連れて、故郷を離れ、カナンを目指しました。長い旅の末にアブラハムはカナンの地シケムに入りましたが、そこにはすでにカナン人が住み、城砦を築いていました。主はアブラハムに言われます「あなたの子孫にこの土地を与える」(12:7a)。子もなく、先住民を制圧する武力も持たないアブラハムに、「この土地を与える」との約束が与えられました。アブラハムはその約束を信じました。「アブラムは、彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた」(12:7b)。しかし、シケムには強力な武器と城砦を持つ先住民がいて土地を獲得することは無理でした。彼はシケムを離れてベテルに南下します。「アブラムは、そこからベテルの東の山へ移り、西にベテル、東にアイを望む所に天幕を張って、そこにも主のために祭壇を築き、主の御名を呼んだ」(12:8)。南部では自分も土地を持てるかもしれないと思ったからです。しかし、ベテルにも居場所はありませんでした。先住民が住んでいる土地に寄留者一族が入り込む余地はなかったのです。だから彼は、誰も住まない砂漠のネゲブに居を移します(12:9)。彼は「あなたの子孫にこの土地を与える」という神の約束を疑い始めているのです。
・約束の地に来たアブラハムを、次に迎えたものは飢饉でした。旱魃のため、家畜に食べさせる草も水も手に入れることができません。「せっかく約束の地に来たのに、何故主はこのような災いを下されるのか」、アブラハムは「私が養う」という主の約束を信頼することができず、食を求めてエジプトに下ります。「その地方に飢饉があった。アブラムは、その地方の飢饉がひどかったので、エジプトに下り、そこに滞在することにした」(12:10)。これまでアブラハムは、行く先々で祭壇を築いて主を礼拝しています。しかしエジプト下りについては、「主のために祭壇を築いた」という表現はありません。おそらくは一族と家畜を守るために、アブラハムが自分の判断でエジプト行きを決めたのでしょう。この時、アブラハムの中で何かが崩れました。彼はもはや「神に頼れない」と思い始めているのです。
・神の庇護を信じられない者は、他者を恐れます。エジプトに行く道すがら、彼は妻サラが際立って美貌であることが気になります(召命の時、アブラハムは75歳、サラは65歳とされていますが、旧約の年齢の数え方は現代とは異なりますので、今日的には、アブラハムは40代、サラは30代であったと推測されます)。妻が美しいことは弱肉強食の世界では危険です。強い者が力ずくで妻を奪い、夫を殺す可能性があるからです。アブラハムはサラに言います「あなたが美しいのを、私はよく知っている。エジプト人があなたを見たら、『この女はあの男の妻だ』と言って、私を殺し、あなたを生かしておくにちがいない。どうか、私の妹だ、と言ってください。そうすれば、私は・・・あなたのお陰で命も助かるだろう」(12:11-13)。
・アブラハムの懸念は現実となります。エジプト王はサラの美貌に目を留め、彼女を側室として迎え入れます。アブラハムはサラの兄として、王から多くの贈り物を与えられ、裕福になります。「信仰の父」と称えられた人が、実は妻をエジプト王の側室に売って身の安泰を保ち、金持ちになったのです。それは創世記3章で見たアダムの姿と同じです。愛した妻が過ちを犯し、その災いが自分に及びそうになると彼は言います「あなたが私と共にいるようにしてくださった女 が、木から取って与えたので、食べました」(創世記3:12)。「私が悪いのではない。妻が悪いのです」とアダムは妻を見捨てました。アブラハムも妻を見捨てて、身の安全と繁栄を図ろうとしたのです。

3.信仰の揺らぎと悔い改め

・今日の招詞にヘブル11:1を選びました。次のような言葉です「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」。アブラハムは信仰の偉人と称えられますが、彼もまた聖人ではなかったのです。約束の地に来て、住民が城砦を構え強大であることを知れば、身の危険を覚えて砂漠のネゲブに隠れます。飢饉でエジプトに下れば、自分の妻を利用して身の安全を図ります。その地でアブラハムは神から問われます「あなたは私に何ということをしたのか」(12:18)。ヘブル語「マー・ゾート・アッシータ」、かつて蛇に騙されて禁断の木の実を食べたエバに語られ、妬みのために自分の弟を殺したカインに呼びかけられた言葉です。取り返しのつかない過ちを起こしたことを知らされたアブラハムは、恥ずかしさで下を向きます。彼も私たちと同じ罪人、同じ過ちを犯す人間だったのです。ここにおいて、アブラハムの生涯は私たちと関わりを持つものになります。
・アブラハムの最初の旅立ちは、神の呼びかけに答えて「行く先を知らずに出かけた」時でした(12:4)。冒険者としての旅立ちです。その彼が、エジプトで罪を犯し、恥ずかしい思いを抱いて約束の地に帰り、そこに祭壇を築き、主の御名を再度呼びました(13:4)。その時が、信仰者としての再出発の時です。聖書で信仰者と呼ばれる人は、多くの過ちを犯しています。ダビデは人の妻に恋情を抱き、夫を殺して女を自分のものにしています。ペテロはイエスの裁判の時、そんな人は知らないと否認しました。パウロは伝道者になる前は、教会の迫害者でした。しかし、ダビデは過ちを通して自分が罪人である事を知り、新しい人間となりました。ペテロはイエスを否認した後、大祭司の屋敷を飛び出し、泣きました。その時の涙こそが、ペテロの洗礼の水です。パウロも、ダマスコ途上での復活のイエスとの出会いが、パウロを迫害する者から迫害される者に変えました。罪を犯して悔い改める、それが信仰です。
・哲学者の森有正は講演の中で次のように述べています「人間というものは、どうしても人に知らせることのできない心の一隅を持っております。醜い考えがありますし、秘密の考えがあります。またひそかな欲望がありますし、恥があります。どうも他人には知らせることができない心の一隅というものがある。そこにしか神様にお目にかかる場所は人間にはない」(森有正「土の器に、アブラハムの信仰」p.21)。エジプトのアブラハムは、自分の妻を利用して身の安全を図りますが、そのアブラハムに神は問われます「あなたは私に何ということをしたのか」(12:18)。アブラハムは「他人には知らせることができない心の一隅」で主に出会ったのです。
・私たちが自分の力に頼っている間は神が見えません。罪を犯し、泣いて、主の名を呼び求めた時、主は応えて下さる。人間は、過ちを犯し、砕かれた時でないと、主の御名を呼び求めない存在なのです。そして求めた時、神はご自身を現して下さり、見えない神が見えるようになります。そして、人は人生の歩みの中に、神の見えざる手が働いていることを知り、感謝します。まさに、信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することなのです。私たちも、自分の罪を知り、泣き、悔い改めた時こそが、人生の再出発の時なのです。そのことをアブラハムの生涯は私たちに教えてくれます。


カテゴリー: - admin @ 07時57分12秒

06 24

1.弱さの中に恵みが

・第二コリント書を読み続けています。本日が最終回です。この手紙を通して明らかになったのは、パウロがコリント教会の離反に苦しみ、何とかしてコリントの人々が「本当のイエス」、「本当の霊」、「本当の福音」に立ち戻ってほしいという願いの下に、手紙を書いているという事実です。本当のイエスとは「十字架で死なれた苦難のイエス」であり、本当の福音とは「イエスのように弱さを受け入れる時に救いが来る」ということです。しかしパウロに反対する人たちは、自分たちの強さや神秘体験を誇り、「パウロは神秘体験をしていないから本当のキリスト者ではない」、「パウロは異言を語れないから聖霊を受けていない」と批判していたようです。そのためにパウロはやむなく、自分の神秘体験を語り始める、それが今日読みます第二コリント12章です。
・パウロはこれまで自己の神秘体験を語ってきませんでした。神秘体験は自分だけの体験であり、他者と共有できるものではないからです。パウロはかつて語りました「私は、あなたがたのだれよりも多くの異言を語れることを、神に感謝します。しかし、私は他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方をとります」(1コリント14:18-19)。他者に理解されない言葉(異言)は福音=良い知らせではないのです。しかし、ここでは止むを得ず、パウロは自己の神秘体験を語ります「私は、キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。私はそのような人を知っています。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです」(12:2-4)。
・「一人の人」、パウロのことです。「14年前」、この手紙が書かれたのが紀元57年前後ですから紀元43年頃、異邦人伝道旅行を始める前、彼がアンテオケ教会で活動していた時の出来事です。具体的に何があったのかは私たちにはわかりません。パウロはある時、天に引き上げられて、そこで主に出会うという体験をした、それはパウロには忘れられない体験でしたが、彼はそれを長々と語ることをしません。そのような体験を通して伝道者は自分の召命を確信しますが、自分を振り返った時、目に付くのは肉の身の弱さです。弱さを通して神を誇ることに、パウロは導かれていきます「このような人のことを私は誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません」(12:5)。そしてパウロは彼の人生を決定づけた、ある出来事を語ります「私の身に一つのとげが与えられました。それは、思い上がらないように、私を痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れ去らせてくださるように、私は三度主に願いました」(12:7-8)。
・パウロは深刻な病気を抱えていたようです。ある人は「癲癇」と推測し、別の人は「目の病」と考えています。何であるかはわかりませんが、それは彼の心身を苦しめると同時に、伝道の妨げにもなっていたようです。彼はその病を「サタンから送られた使い」と表現しています。パウロはこのとげを取り去ってくれるように、繰り返し主に祈りましたが、彼に与えられたのは「私の恵みはあなたに十分である」との言葉でした。「主は、『私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。だから、キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」(12:9)。この体験を通してパウロは「キリストと共に苦しむことこそ恵みである」ことを理解しました。だから彼は語ります「それゆえ、私は弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、私は弱い時にこそ強いからです」(12:10)。

2.聴かれない祈り

・パウロの祈りは聴かれませんでした。彼に与えられた「とげ」は取り去られませんでした。しかしパウロはそのことを主に感謝しています。私たちの人生にもいろいろな「とげ」が与えられます。私たちはパウロと同じようにそれに感謝出来るでしょうか。内村鑑三の書いた文章に、「聴かれざる祈り」という短文があります。彼は「聴かれざる祈祷のいちじるしき例が三つある。モーゼの祈祷が聴かれず、パウロも聴かれず、イエスご自身もまた聴かれなかった」と語り始め、パウロについて、このコリント12章の体験を語り始めます「神は新約の忠僕であるパウロの祈祷をも斥けられた。パウロにもまた一つの切なる祈願があった。彼は、単に彼の肉体の苦痛としてだけ、これを感じたのではないと思う。彼が伝道に従事するに当って、彼は大きな妨害としてこれを感じたのであろう。彼は幾回となく、このために敵の侮辱を受けたであろう。彼の福音は、幾回となくこのために人に嘲られたであろう。彼は自分の健康のためばかりではなく、福音のために、神の栄えのために、この痛い刺が彼の身から除かれることを祈った・・・ところがこの忠僕に対する、主の答は何であったか・・・簡単であってすげなかった。『我が恩恵汝に足れり』(第二コリント12章9節)というものだった。君の痛い刺は除かれる必要はない。私の恩恵は、これを補い得て足りているということであった。パウロの切なる祈求もまた、モーセのそれと等しく聴かれなかった。新旧両約の信仰の代表者は、その厚い信仰を以てしても、その祈祷の応験を見ることが出来なかったのである」(内村鑑三「聴かれない祈り」、全集第20巻の現代語訳から)。
・新約学の織田昭先生は語ります。「パウロの『とげ』が実際に何だったのか、この文章からは特定できないが、恐らく、これは、後にコリント書を読む多くの読者が、自分の持つ弱さや悲しみと引き比べながら、それぞれなりに慰めを受けられるように、聖霊がそうお導きになったのかも知れません。お互い弱い肉の人間として、病気の不安も、老いの悲哀も、事業の挫折もあります。もし私たちがお互い、自分の弱さを恥じないで共感できたら、私たちはみんな同じように主キリストだけを頼りにして、自分の弱さを克服できますし、その弱いままで強く変えられるのです。パウロの最後の言葉はこうでした。『私が弱い時、まさにその時、私は強くなれる。』」(織田昭・エリニカから)。

3.キリストのために苦しむ

・今日の招詞にピリピ1:29を選びました。次のような言葉です「つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」。パウロはコリント教会のために良かれと思い、手紙を書き、訪問し、指導しました。そのコリント教会はパウロに背き、パウロは裏切られた痛みに耐えています。しかしパウロがその苦難を、「キリストのために苦しむ」と受け入れた時、苦難が「恵みに変わる体験」をしています。ある人は語ります「水の冷たさは熱い所で初めてわかる。水の有り難さは水のない所で知れる」。苦難を通して私たちは神が共にいてくださることを知り、そこから生きる力をいただきます。
・教会には誤解や争いが絶えません。これが「神の教会か」と思うこともしばしばあります。パウロもまた、このあまりにも人間的な現実の中で、悩み、悲しみ、怒ります。しかし彼は教会に対する責任を放棄しません。神の恵みである信仰は、教会なしには生まれず、育まれることはないことを知る故です。しかし、その人間的対立の中から人の心に迫る手紙が生まれてきました。第二コリント書は国宝のような宝物です。そしてこの宝物は苦難の中から生まれてきたのです。
・生涯寝たきりの人生を送った水野源三さんは4冊の詩集を出しましたが、その第一詩集の表題は「わが恵み汝に足れり」(アシュラム・センター)です。今日の聖書個所から取られた表題です。その中に、「主よ、なぜ」という詩があります。次のような詩です「主よ、なぜそんなことをなされるのですか。私はそのことがわかりません。心には悲しみがみちています。主よ、どうぞこのことをわからせたまえ」。人生の現実にはとても納得出来ないものがあります。「私の恵みはあなたに十分である」と言われても困る時があります。その中で神を求めていく。そして「力は弱さの中でこそ十分に発揮される。だから、キリストの力が私の内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と誇れるようになった時、私たちの人生は素晴らしいものになります。私たちはパウロのようにはなれません。しかしパウロに憧れる事はできます。
・この世は力を賞賛し、強さを求めます。強さとは何でしょうか。アメリカ宗教史が専門の森本あんり先生は「宗教国家アメリカのふしぎな論理」という著書の中で述べます「アメリカ大統領ドナルド・トランプは破天荒な大統領だが、同時に熱心なクリスチャンとして知られる。彼が信奉するキリスト教は「成功の神学である」と。もともと聖書では神と人間の関係を、神は人間が不服従な時にも一方的に恵みを与えてくれるという「片務契約」で理解します。ところが、ピューリタニズムがアメリカに移植される過程で、「片務契約」は「双務契約」へと転移していきます。双務ということは、人間は神に従い、神は人間に恵みを与える義務があるというものです。これは信賞必罰、ギブ・アンド・テイクの論理であり、この論理の行き着く先には「神の祝福を受けているならば、正しい者だ」という考え方が語られます。「自分は成功した。大金持ちになった。それは人びとが自分を認めてくれただけではなく、神もまた自分を認めてくれたからだ。たしかに自分も努力した。だが、それだけでここまで来られたわけではない。神の祝福が伴わなければ、こんな幸運を得ることはできなかったはずだ。神が祝福してくれているのだから、自分は正しいのだ」。これがドナルド・トランプの信奉する、そして多くの福音派の人々が信奉するキリスト教であると森本先生は語ります。「神は従う者には恵みを与え、背く者には罰を与える。自分は成功し、恵まれている。だから神は自分を是認している。自分は正しいのだ」。この世的に成功したければ神を信じなさいという勧めの中で、アメリカ人の5割の人が毎週の礼拝に参加します。
・「神を信じて従えばこの世の成功は約束される」という信仰は、申命記を始めとした旧約聖書の信仰ですが、イエスともパウロとも異なる信仰の在り方です。私たちの主イエスは決定的に弱い方でした。彼は弱い者、病に苦しむ者、世から排斥された者の側に立ち、彼自身も強い人々により殺されていきました。その弱いキリストを神は起こされ、キリストは今なお生きておられます。正にパウロが言うように、「キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力によって生きておられるのです。私たちもキリストに結ばれた者として弱い者ですが、しかし、あなたがたに対しては、神の力によってキリストと共に生きています」(13:4)。キリストの弱さを身にまとうことにより、神の強さが与えられる、これが私たちの信じる福音であり、それゆえに私たちもまた「弱さを誇って生きる」のです。


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06 17

1.エルサレム教会への献金問題

・第二コリント書を読んでいます。第二コリント書では8章、9章が、「献金」の問題を取り上げています。パウロは異邦人伝道を熱心に行い、コリントやテサロニケに教会を設立し、異邦人教会は母国エルサレム教会を上回るほどの大きな群れに育って行きます。しかし、同時に、異邦人教会とエルサレム教会との亀裂が目立ってきました。信仰の形が違うのです。エルサレム教会はユダヤ教をベースにした保守的な教会で、それに対して異邦人教会はギリシャ文化を土台にしたリベラルな教会群でした。その結果、異邦人教会とエルサレム教会との不和が拡大し、パウロは両者の和解を勧めるために、異邦人教会に呼びかけて、財政的に逼迫しているエルサレム教会への支援献金運動を進めていました。彼は語ります「異邦人はその人たち(エルサレム教会)の霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります」(ローマ15:27)。ただこの献金運動は諸教会に様々な波紋を生みました。コリント教会では「なぜ私たちがエルサレム教会を支援しなければいけないのか、そんな余裕はない」という反発が強く、人々は献金に消極的でした。
・その次第が8章に記述されています。パウロはコリント教会での献金の業を進めるためにテトスと同行者をコリントへ派遣したと語ります「彼(テトス)は私たちの勧告を受け入れ、ますます熱心に、自ら進んでそちらに赴こうとしているからです。私たちは一人の兄弟を同伴させます・・・主御自身の栄光と自分たちの熱意を現すように私たちが奉仕している、この慈善の業に加わるためでした」(8:16-19)。コリント教会の中には「パウロは献金をくすねているのではないか」との批判もあったようです。パウロは語ります「私たちは、自分が奉仕している、この惜しまず提供された募金について、だれからも非難されないようにしています。私たちは、主の前だけではなく、人の前でも公明正大にふるまうように心がけています」(8:20-21)。献金には公平性と透明性が必要です。私たちの教会では毎月第一主日に前月の会計報告を提出し、どれだけの献金があり、どのように用いたのかを報告するようにしています。
・9章は6節から本論に入ります。パウロは「惜しみなく捧げなさい。捧げることは捧げる者の益になるのです」と勧めます。「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めた通りにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」(9:6-7)。パウロは献金を種蒔きに喩えています。「豊かに播く者は豊かに収穫する」、蒔いた種は発芽し、成長し、多くの実を結びます。しかし蒔かない種からは収穫はありません。献金を通して「教会同士の関係の改善」が始まるのです。彼は続けます「神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります」(9:8)。「献金とは、神から与えられた恵みをお返しすることだ」とパウロは語ります。

2.恵みとしての献金

・献金は誰に捧げるのでしょうか。神は献げ物を必要とはされません。しかし、必要とする人たちがいます。私たちの献げ物を用いて、神は私たちの隣人を養われます。今はエルサレムの人々を支援するために私たちは捧げるのだとパウロは語ります。パウロは語ります「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます」(9:10)。「あなたがたに種を与え、それを豊かに実らせ、食べるパンを与えて下さったのは神ではないか。その神からいただいたものを隣人に与えた時、捧げ物が神の栄光となり、人々は神をほめたたえるようになる」とパウロは語ります。彼は続けます「あなたがたはすべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、私たちを通じて神に対する感謝の念を引き出します。なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです」(9:11-12)。
・コリント教会では「なぜ私たちがエルサレム教会を支援しなければいけないのか」という反発が強く、人々は献金に消極的でした。その人々にパウロは語ります「この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言していること、また、自分たちや他のすべての人々に惜しまず施しを分けてくれることで、神をほめたたえます。更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なくすばらしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたのために祈るのです」(9:13-14)。パウロは最後に締めくくります「言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します」(9:15)。パウロはここで献金を「贈り物」と表現します。ギリシャ語エウロギア、祝福という意味です。「神が私たちを祝福して下さったので、私たちも他者を祝福する事ができる。その祝福の行為こそ、贈り物としての献金なのだ」とパウロは語ります。お金に心を込める時、そのお金は祝福に変わっていくのです。献金は単なる経済行為ではなく、信仰の行為なのです。

3.恵みとしての献金

・今日の招詞に、1コリント12:26を選びました。次のような言葉です「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」。教会はキリストの体です。ここで言う教会とは、一つ一つの地域教会を超えて存在する「見えざる公同の教会」です。一つ一つの地域教会が集まってキリストの体を形成します。ですから一つの教会が傷めば、他の教会も共に苦しみます。私たちの所属する日本バプテスト連盟には325の教会・伝道所がありますが、そのうち礼拝参加者が10名に満たない教会・伝道所が26もあります。多くは地方教会で、礼拝参加者10名以下の教会の多くは経常献金300万円以下であり財政的に牧師招聘が難しく、牧師のいない教会は消滅危険性が高いとされます。バプテスト連盟ではこのような小教会に様々な財政支援をしていますが、その財源は諸教会から捧げられる協力伝道献金です。
・今回、説教準備をしていて、ギリシャ語の献金には「ロゲイア」という言葉と「カリス」という言葉の二つがあることに気づきました。ロゲイアの語源はロゲオー=集める、集金する、です。現代語では「教会維持献金」になるでしょう。教会が成立すると、その維持経費が必要となり、教会はそれを月約献金、建築献金として、教会員の方々に拠出をお願いします。大事な献金です。しかし、パウロがここで用いている言葉はカリス=恵み、恩恵です。「恵みとして捧げもの」です。「エルサレム教会への献金は、自分の教会には直接的な恩恵をもたらさないが、神の宣教の業に参加する恵みの出来事なのだ」とパウロは語るのです。諸教会に捧げるために用いられる協力伝道献金はもちろんこのカリスになります。また今日、私たちは神学校週間を記念して伊藤真知子姉をお呼びし、讃美と証しの時を持ち、席上献金を神学校に捧げますが、この神学校献金もカリス=恵の業としての献金になります。私たちは自分たちの教会を支えるためのロゲイア的献金は捧げますが、直接の見返りのないカリス的献金を捧げることには躊躇します。
・私たちの教会の場合、建築献金を含めた献金総額は約900万円ですが、そのうち800万円は借入金の返済や牧師給等の教会維持のために用いられ(ロゲイア的献金)、外部に献金しているお金(カリス的献金)は100万円です。そのうち諸教会を支援する原資になる協力伝道献金は30万円です。これまでは60万円を協力伝道として捧げていましたが、会堂借入金の返済負担が重く、今年から30万円に減額しています。ロゲイア的献金がカリス的献金を圧迫しているのです。
・今日の聖書個所は私たちに献金に対する考え方の変更を求めているような気がします。私たちの教会は建築借入金返済や教会債返済積み立てために、当面は年間300万円のお金を必要としています。借入金を返済しているのに外部支援を増やす余裕はないという考え方も成立します。しかしある注解者は語ります「捧げ物の最終基準は捧げた後にどれだけ残るかという計算の結果によるものではない。唯一の基準はキリストの愛である」(アーネスト・ベスト「現代聖書注解・第二コリント」)。
・私たちは一つの教会ではできないことを共同して行うために連盟を結成し、連盟は諸教会からの協力伝道献金や神学校献金をそれぞれ必要な場所に届ける仕事を担っています。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ」、パウロはマケドニア教会の働きについて述べています「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。私は証ししますが、彼らは力に応じて、また力以上に、自分から進んで、聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりに私たちに願い出たのでした」(8:1-4)。今は私たちがマケドニア教会になる時です。「捧げることが出来るのは恵みである」、大事な問いかけをパウロは私たちに与えています。


カテゴリー: - admin @ 08時15分34秒

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