すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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01 20

2019年1月20日説教(ルカ5:1−11、招きに応えた時に起こるもの)

1.ペテロの召命

・ルカ福音書を読んでいます。ルカ5章はペテロの召命の記事です。イエスがガリラヤ湖畔におられた時、群衆がイエスの元に押し寄せてきたので、イエスは地元の漁師であるペテロに船を出すように頼み、船の上から群衆に教えられたとルカは記します(5:1-3)。ペテロと仲間たちは夜を徹して漁をしましたが、何も取れず、気落ちして網を洗っていたところでした(5:5)。ペテロは船上で語られるイエスの言葉を聞いていますが、何も感じません。漁の不作で心がふさがれていたためです。ペテロが求めているものは何か、イエスは承知しておられました。だから言われます「沖に出て網を降ろしなさい」(5:4)。漁は夜に行うのが通常であり、昼に漁をしても収穫が少ないことをペテロは経験から知っていました。ペテロは漁師であり、漁の専門家でした。他方イエスは漁のことに関しては素人です。しかし、ペテロはイエスに姑の病気を治してもらったことがあり(4:38-39)、またその説教も時々聞いて感服していたので、断るのも気がひけました。
・ペテロは「先生、私たちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えて網を降ろしました(5:5)。すると、多くの魚が網にかかり、網が張り裂けそうになりました(5:6)。ありえないことが起こりました。ペテロはこれを見てイエスが神の人であることを知り、恐れて、「主よ、私から離れてください。私は罪深い者なのです」(5:8)と言います。ペテロはこれまでイエスを律法の教師(ラビ)とみて、イエスを「先生」(エピスタテー)と呼んでいました(5:5)。しかし今、ペテロは驚くべき出来事を目の前に見て、自分が神の人の前に立っていることを知ります。ですから彼はイエスを「先生」ではなく、主(キュリオス)と呼びます。ペテロの中で何かが変わったのです。そのペテロに、イエスは「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(5:10)と招かれます。そこにはペテロだけでなく、仲間の漁師たちもいましたが、彼らは全てを捨てて従ったとルカは伝えます。この弟子たちの召命の記事は私たちに「信仰とは何か」について多くのことを教えます。

2.イエスの招き

・夜通し働いても一匹の魚も取れず、疲れきって網を洗う現実がこの世にはあります。教会の業である牧会や伝道も、ある意味で徒労と虚しさとの戦いです。クリスマスやイースターの時に、数千枚のチラシを播いても誰も来てくれない時もあります。また一度は教会の礼拝に参加されても、その後二度と来ない方も多くあります。また、熱心に教会に来ていた方が牧師や信徒の一言で躓き、教会を離れることもあります。人間の智恵や経験では教会は形成できないと思います。限界があります。その限界を超えるものがイエスの呼びかけです。
・一晩中働いても一匹の魚さえ取れなかったペテロに言われたように、「もう一度やって見なさい」とイエスは言われます。そのイエスの招きを受けて、「無駄かもしれませんがやってみましょう。お言葉ですから」とペテロは答えました。これが応答であり、その時、虚しい現実が豊かなものになる経験を人はします。ペテロが経験したように「おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった」ことを見ます。その圧倒的な神の力に接した時、人は神の前にひざまずきます。イエスを「先生」と呼んでいたペテロが、イエスを「主」と呼び、自分の罪を告白します。罪の自覚、悔改めは恩恵の感動の中で生起するのです。
・イエスの復活を信じることの出来なかった12弟子の一人、トマスが経験したのも同じ感動でした。トマスはイエスが復活して最初に弟子たちに現れた時、そこにいませんでした。トマスは「復活のイエスに出会った」と語る弟子たちに言います「私は、その手に釘あとを見、私の指をその釘あとにさし入れ、また、私の手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」(ヨハネ20:25)。人間は見なければ信じることは出来ない存在です。そのトマスのためにイエスは再度現れ、自分の目で復活のイエスを見たトマスは、理屈抜きでイエスの前にひざまずきます「わが主よ、わが神よ」(ヨハネ20:28)。この信仰の体験、人知を超えた神の力、働きに触れることなくして信仰は生まれません。生きた神の現臨に触れる、その体験におののくことがなければ、頭だけの信仰では続きません。信仰は自分の身に起こった出来事への感動、応答なのです。
・罪を告白した者には祝福が与えられます。それは「恐れ」からの解放です。信仰生活を送るとは、主に委ねることが出来るので全ての恐れから解放されることです。イエスはペテロに言われました。「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になる」(5:10)。だから人は全てを捨てて従うことが出来ます。ルカは記します「そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った」(5:11)。

3.私たちの応答

・信仰にはこの原体験が必要です。では、どうすればこのような信仰体験をすることが出来るのでしょうか。招きに応答すること、「お言葉ですから」と従ってみること、それが一番大切なことです。神が命じられることを文字通りやってみる、聖書の教えの何か一つでも徹底的にやってみる時、私たちは不思議な体験をします。今日の招詞にヨハネ21:6を選びました。次のような記事です「イエスは言われた。『舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ』。そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった」。ヨハネ21章は、エルサレムで弟子たちの前に現れた復活のイエスが、三度目にガリラヤにおいて弟子たちに現れたと証言します。「シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それにほかの二人の弟子が一緒にいた。シモン・ペトロが、『私は漁に行く』と言うと、彼らは『私たちも一緒に行こう』と言った。彼らは出て行って舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった」(21:1−3)。エルサレムでイエスから宣教命令を受けたはずのペテロたちが、イエスの十字架に心を崩され、今は故郷ガリラヤで漁師に戻っています。
・彼らはイエス亡き後、何をして良いのかわからなかった。「その夜は何もとれなかった」、福音を宣教するといってもどうしてよいのかわからない。だから元の職であった漁師の仕事に戻っていたとヨハネは記します。イエス亡き後、弟子たちは限界にぶつかっていました。その限界を超えるものがイエスの呼びかけです。一晩中働いても一匹の魚さえ取れなかったペテロたちに、「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ」とイエスは言われます(21:6)。聖書では右は神の側、左は人間の側を示します。人間的な判断でガリラヤの漁師に戻っていたペテロたちに、「神の力を信じなさい」とイエスは言われたのです。
・イエスの言葉に従って「網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった」(21:6)という出来事が起こりました。弟子たちは、初めは、岸に立ち、声をかけた人がイエスだと分からなかったようです。しかし愛弟子と呼ばれたヨハネは気づきました。「イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、『主だ』と言った。シモン・ペトロは『主だ』と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟に戻って来た」(21:7−8)。ペトロの後ろから、多くの魚を積んで重くなった舟が続きます。岸に着くと、彼らは網を下ろし、イエスと共にパンと魚で食事をとります。
・このヨハネ21章の物語はルカ5章弟子たちの召命物語とそっくりです。失望して何をしてよいかわからない弟子たちに復活のイエスが現れた、そのイエスの顕現伝承をもとにルカが弟子の召命物語を書いているのです。ネパールで医療支援活動をしているJOCS(キリスト教会海外医療協力会)の標語が、「舟の右側に網を下ろしなさい」というヨハネ21:6の言葉です。食べるものがない子供たちに食べ物を与えるのではなく、漁の仕方を教えることを通して、魚を取る業を教える。ネパールで十分な医療を受けられない人に対し、医師や看護婦を派遣して医療を与えるだけではなく、ネパール人の医師や看護婦を養成するための活動に従事する。医療を提供するだけでは、派遣の医師や看護婦がいなくなれば、元の木阿弥です。しかし、現地で医師や看護婦を養成すれば、派遣者がいなくなっても、医療活動は続きます。この団体において、「舟の右側に網を下ろしなさい」という聖書の言葉が彼らの活動を規定する力になっています。
・私たちも今日の御言葉「舟の右に網を下ろす」と言うことが、私たちの毎日の生活にとって何なのかを求め始めた時、復活のキリストに出会います。聖書では、右は神への道であり、左は人間の思いです(マタイ25:33、羊は右へ、山羊は左へ)。どうすれば私たちの業ではなく神の業が現れるかを考えた時、私たちは、そこに何かが生まれていくことを見ます。「どうせだめだ」として網を降ろすことを拒否した時、そこには奇跡は起こりません。だめでもいいから、イエスが言われるのだから、網を降ろす時、そこに驚くべき出来事が発生します。これは多くの人が経験している出来事です。個人の信仰も教会の形成もこの驚き、この感動が基本となって形勢されています。この恩恵の体験を通じて人は信じる者とされ、教会はイエスを「主」と仰ぐものにされていいきます。「信仰とは私が信じるのではなく、信じる者にさせられていく出来事」なのです。ドイツの神学者ゴルヴィッアーは語ります「教会はイースター(キリストの復活)の後に起こったのではなく、ペンテコステ(弟子たちへの聖霊降臨)と共に始まったのでもない。教会はペテロがイエスの言葉に従って網を降ろし、驚くべき出来事を経験した時に起こったのだ」。正にそうだと思います。


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01 13

1 故郷ナザレでのイエスの宣教

・イエスはヨルダン川で洗礼を受けられた後、ガリラヤに戻られ、その地で宣教の業を始められました。ルカは記します「イエスは"霊"の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた」(4:14-15)。ガリラヤ各地を巡回された後、イエスは生まれ故郷のナザレに行かれました。各地でのイエスの言葉と癒しの業は、評判となり、ナザレにも伝わっていましたから、人々は郷里出身の評判の預言者の話を聞こうと、会堂に集まって来ました。当時のユダヤでは、安息日に人々は会堂に集まり、最初に律法(モーセ五書)が読まれ、その後に預言書が読まれました。会堂に入られたイエスは係りの者から巻物を渡され、読まれました。預言書イザヤ61章の箇所でした。その箇所が、ルカ4:18−19に再録されています。もう一度確かめてみましょう。
・「主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」。イエスが聖書を読み、席に着かれると、会堂にいるすべての人の目が、イエスに注がれました。何事かを期待する目でした。当時のユダヤの人々は約束の成就を待ち望んでいました。ユダヤは、ローマの植民地であり、ローマへの税金と、ローマが任命した領主への税金の二重の取り立てがあり、もし払えなければ妻や子を売り、それでも払えなければ投獄されました。
・また、多くの人々は自分の土地を持たない小作人でした。地主は都市に住む貴族や祭司たちで、彼らは収穫の半分以上を徴収しました。ですから小作人の手元に残るものは少なく、豊作の時でさえ食べてゆくのがやっとで、天候が悪く凶作になれば飢え、病気になれば医者にもかかれず死ぬばかりの生活でした。ですから彼らはひたすら救い主を待ち望み、この生活が変えられる日を待望していました。その彼らが注目する中で、イエスは「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」と話されたのです。「救いが今ここに来た」と宣言されたのです。

2 イエスの真の姿を見ようとしないナザレの人々

・イエスは人々の困窮を憐れんでイザヤ書「主の救いの年」の預言を語られました。同時にご自身がその困窮から人々を救い出す救い主であることを宣言されました。19節「主の恵みの年」は、「ヨベルの年」を指しています。ヨベルの年についてはレビ記25:8−17に書かれていますが、古代のイスラエルでは50年ごとに債務が免除され、奴隷は解放される定めがありました。そのとき雄牛の角で出来た笛(ヨベル)を吹きならして知らせたので、ヨベルの年と呼ばれました。そのいわれは、エジプトで奴隷として苦しんでいた民が主に救われ、今のような安泰な生活ができる。だから感謝のしるしとして、苦しんでいる人々の債務を赦してあげ、奴隷も解放しなさいという規定です。
・イエスは言われました「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき実現した」、今、そのヨベルの年が来ている。あなた方の債務は免除され、苦しみから解放される。今、それを知らせるために、父なる神から油を注がれた私が、ここに来ていると宣言されたのです。それを聞いた人々はその言葉に感動してイエスを讃えます「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いた」(4:22)。しかし、人々が求めたのは病の癒しであり、貧からの解放でした。それに対してイエスは、「神の言葉に信頼せよ」と言うだけで何も具体的なしるしを行わない。だから人々はつぶやき始めます。「この人はヨセフの子ではないか」(4:22)。大工のヨセフの子、自分たちと同じく貧しく、地位も権力もないヨセフの子が、なぜ解放の約束ができるのか。彼には私たちを解放する財力も権力もないではないか。一度は感動した彼らですが、イエスの中に預言者ではなく、大工の子を見てしまった時、イエスの言葉を聞けなくなってしまいました。ナザレの人々は父ヨセフのことも、母マリアのことも、その兄弟たちも知っています。また、イエスの子ども時代のこともよく知っていた。そのため心がくもって、イエスの真の姿が見えなくなってしまった。その結果、イエスが彼らのために用意された恵みと救いの言葉は、彼らの心には届きませんでした。何よりも一番大事なこと、信じる心が欠けていたのです。
・イエスは彼らに言われます。「あなたがたは『医者よ,自分自身を治せ』と言うことわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない」(4:23)と言われ、さらにつけ加えて「預言者は自分の郷里では歓迎されないものだ」(4:24)と言われました。イエスは目に見えるものしか信じようとしない、彼らの心を見透かされていたのです。ルカはイエスのナザレでの出来事を通して、心の目を開かなければ、真実は決して見えないことを教えているのです。

3 預言者は郷里で受け入れられなくとも

・今日の招詞にヨハネ6:35−36を選びました。次のような言葉です。「イエスは言われた。『私が命のパンである。私のもとへ来る者は、けっして飢えることがなく、けっして渇くこともない。しかし、前にもいったように、あなたがたは、私を見たのに信じない。』」イエスはナザレでは「何のしるしもできなかった」、あるいは「されなかった」とマルコも記します。ナザレの人々がイエスに求めたものは、目に見えるしるしでした。イエスは言われます「カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ」とあなた方は求めていると。人々はイエスに、病気を治し、石をパンに変えて腹一杯食べられるような奇跡を求めたのです。しかしイエスは拒否されました。だからナザレの人々は怒り始めたのです。
・イエスは村人に霊のパンを与えようとされましたが、人々は物質的なパンを求めました。イエスは人々にお互いが愛し合って生きることのできる神の国を与えようとされましたが、人々はローマの支配から自由な地上の王国を欲しました。ナザレの人々はせっかくイエスを自分たちの村の会堂に迎えたのに、イエスを否定してしまいました。私たちはこの物語をどうきくのでしょうか。私たちはイエスに何を求めているのでしょうか。私たちは自分たちが捕らわれており、目が見えず、圧迫され、債務を負っていることを本当に知り、それからの解放を求めているのでしょうか。私たちは本当にナザレでイエスが宣言されたように、「神の国は来た、解放の時は来た」と受け止めているのでしょうか。もし、そうならば何故私たちから応答の行為が出ないのでしょうか。
・ルカ4章のイエスの言葉を文字通り受け止めて行動した人々がいます。ジュビリー2000の運動を推し進めた人たちです。ジュビリーとはヘブル語「ヨベルの年」の英訳です。西暦2000年、イエス生誕2000年はヨベルの年、主の恵みの年でした。イギリスの聖公会を始めとするキリスト教諸団体が、発展途上国の累積債務免除運動を主の恵みの年の具体化として始めました。アフリカや中南米等の最貧国と言われる国々は、先進国からの債務の返済が国家予算の半分以上を占め、教育や福祉のお金を削って債務の返済を行っていました。その結果、貧しいものがさらに貧しくなるという悪循環の中にあり、これを打破するには累積債務の免除を行うしかないとして、教会は国連や先進諸国に働きかけました。99年のケルンサミットの時には1700万人の署名を集めて、債務の一部削減を合意させます。そして翌年の沖縄サミットでは貧困国のためのエイズ基金の設置が合意され、エイズ治療薬を無料で配布できるようになりました。エイズは治療薬の開発により先進国ではエイズは普通の病気になりましたが、薬を買えない貧しい国では依然死病でした。この基金の創立により、多くの命が救われるようになります。祈りが行為となった。これこそ私たちが目指すべき事柄ではないでしょうか。信仰の具体化です。
・「預言者は郷里で受け入れられない」、それは現在でもそうです。キリスト者は神の言葉を預かり、世を改める新しい世界観を世に示す役割を担っています。しかし人々はそんなものは要らない、毎日を楽しく暮らせるものを欲しいと言います。それゆえにキリスト者は人々から理解され難い。それが日本の社会でキリスト者が少数派であり続ける原因の一つと考えられます。それでも私たちは伝道を続けたいと思います。マルコは、「(イエスは)そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった」(マルコ6:5)と書きます。もし村人らがイエスを信じることができれば、イエスはもっと多くの業をされたであろうと彼は示唆します。信仰のないところでは神の祝福は限定されるのです。
・私たちは、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)ことを知っています。そして「求めなさい。そうすれば与えられる」(ルカ11:9)ことも知っています。例え私たちが少数であっても、私たちは何かが出来るのです。そのことを私たちが信じた時、神はあふれるような祝福を、「私はあなたたちのために、天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう」(マラキ3:10)といわれたような出来事が生じます。パウロは言いました「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです」(第一コリント1:21)。この宣教の言葉を私たちはイエスから委ねられ、述べ伝えていくのです。


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01 06

1.先駆者ヨハネの教えたこと

・2019年度私たちはルカ福音書を読んでいきます。ルカはイエスの公生涯を洗礼者ヨハネについての記事から始めます。洗礼者ヨハネはイエスが世に出られることを助けました。ヨハネがヨルダン川のほとりで、「悔い改めよ。天の国は近づいた」(マタイ3:2)と宣教を始め、多くの人々がヨハネの元に集まり、「罪の赦しのバプテスマ」を受けました。その中に、ガリラヤのナザレから来られたイエスがおられ、後にイエスの弟子となるペテロやアンデレもいました。イエスはその最初に、ヨハネの弟子として宣教の生涯を始められ、ヨハネがヘロデに捕らえられた時、ご自分の時が来たことを悟られ、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)とご自身の宣教を始められます。イエスはヨハネの下で準備をされてから、宣教の業をお始めになったのです。
・ルカは洗礼者ヨハネが現れたことを次のように記します「皇帝ティベリウスの治世の第十五年に・・・神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った」(3:1-2)。皇帝ティベリウスは初代皇帝アウグストゥスの養子で、第2代ローマ皇帝です。皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ヨハネが宣教を始めたのは紀元28年から29年ごろのことになります。その時、歴史に記すべき重大なことが起こった、「神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った」とルカは記述します。ヨハネは「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝え」(2:3)ました。「洗礼」はギリシア語で「バプテスマ」、「水に沈めること、浸すこと」を意味します。ヨハネのバプテスマとは、ヨルダン川に全身を沈めるものでした。一度水の中に沈んで死に、そこから立ち上がって新たな命に生きる。「悔い改め」はギリシア語「メタノイア」、心の向きを変える、回心を意味します。「心の向きを変えれば罪が赦される、だから神に立ち返れ」とヨハネは叫んだのです。そして悔い改めの告白をした者に、ヨハネはバブテスマを授け、罪の赦しを宣言しました。
・3章7節から、洗礼を受けに来た人々に対するヨハネの言葉が記してあります。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ・・・斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」(3:7-9)。厳しい裁きのメッセージです。ヨハネは、ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、「悔い改めない者は裁かれる」と宣言しました。
・なぜ悔い改める必要があるのか。人はみな罪人だからです。罪=ハマルティアとは、「的をはずす」、自分を創り、生かしてくださる神の方を見ないで、自分の方だけを見ることが罪です。自分のことだけを見つめ、自分の願い、自分の欲望の実現だけを求めて生きる時、隣人はむさぼりの対象となっていきます。「金の切れ目が縁の切れ目」、「役に立たないものは捨てる」、そのような人間関係から、人と人との争いが生じます。その根本部分を悔い改めること、自分が罪人であることを認めること、救いはそこから始まるとヨハネは言っています。
・斧は既に木の根元に置かれている、このままでは滅びるとのヨハネの宣告に、人々は驚き、恐れ、尋ねます「私たちはどうすればよいのですか」(3:10)。ヨハネは彼らに答えます「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」(3:11)。下着を二枚持つ、裕福な、ゆとりのある生活ではない。その中で分かちあっていけとヨハネは言います。次に「徴税人」が来て尋ねます「先生、私たちはどうすればよいのですか」。彼らに対してヨハネは答えます「規定以上のものは取り立てるな」。「徴税人」はローマ帝国のために同胞から税を取立て、規定以上に取り上げた分が彼らの取り分とされていました。そのため不正な取立てをする者も多く、民衆から嫌われていました。兵士たちも尋ねます「私たちはどうすればよいのですか」。彼らにヨハネは言います「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」。彼らは少ない給与を補うために、民衆を脅して金を取っていました。その兵士たちにヨハネが語ったのは、「自分の給料で満足せよ、人から貪るな」ということでした。ヨハネは徴税人や兵士に向かって、仕事を辞めることを要求しません。「悔い改めにふさわしい実」として必要なことは、修道院に行くことではなく、断食することでもなく、今、自分の置かれた場で神の心にかなう生き方、隣人と共に生きることだと言います。

2.来るべき方を指し示すヨハネ

・ヨハネの出現は、メシアを待ち望んでいた人々に大きな期待を与えました。このヨハネこそ待望されていた「メシア」ではないかと人々は期待しました(3:15)。それに対してヨハネは、「自分はメシアではない」と答えます。彼は語ります「私はあなたたちに水で洗礼を授けるが、私よりも優れた方が来られる。私はその方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」(3:16-17)。
・ヨハネは「自分は「水による洗礼を授けるが、その方は『聖霊と火による洗礼』を授けられる」と言います。「聖霊と火による洗礼」とは何でしょうか。「霊」はギリシア語「プネウマ」で、「風、息」を表します。「風と火」のイメージは本来、裁きのイメージです。収穫された麦は叩いて殻を外しますが、そのままでは実と殻が混ざった状態です。種と殻の混ざったものを空中に放り上げると、殻は軽いので「風」に飛ばされ、重い実だけが残ります。そして殻は集めて焼かれる、神の裁きを示します。洗礼者ヨハネが予告した「来られる方」は、神の裁きをもたらす人でした。ヨハネは裁き人の到来の前に、人々に回心することを呼びかけたのです。
・しかし、メシアとして来られたイエスは、裁き人ではありませんでした。地上のイエスは、神の赦しを説かれました。ヨハネはこの後、ヘロデに捕えられ(3:20)、獄中でイエスの活動の様子を弟子たちから聞き、「罪人を裁くのではなく、赦していく」やり方に疑問を感じ、弟子たちを派遣します「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(7:20)。それに対してイエスは答えられます「行って、見聞きしたことをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」(7:22)。ルカは語ります「イエスは私たちの罪のために、十字架で贖罪の死を死なれた。そのことによって、私たちの罪は赦された」と。ここに自分を見つめるのではなく、神を見つめる生き方が示されました。そのことを知った時、私たちも「聖霊による洗礼」を受けるのです。

3.自分を愛するように隣人を愛することこそ礼拝だ

・今日の招詞にマタイ25:40を選びました。次のような言葉です「そこで、王は答える『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである』」。最後の審判についてイエスが述べられた言葉です。イエスは十字架を前に弟子たちに話されました「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来る時、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く」(マタイ25:31-33)。イエスは続けられます「王は右側にいる人たちに言う『さあ、私の父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、私が飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいた時に訪ねてくれたからだ』」(マタイ25:34-39)。そしてイエスは言われます「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのだ」。
・洗礼者ヨハネは人々に教えました「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ」、「規定以上のものは取り立てるな」、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな」。ヨハネの語る「悔い改めにふさわしい実」とは、自分の置かれた場で神の御心にかなう生き方をすることでした。それをマタイの文脈で言い直せば「飢えている人に食べさせ、のどが渇いている人に飲ませ、旅をしている人に宿を貸し、裸の人に着せ、病気の人を見舞い、牢にいる人を訪ねる」行為です。生活の中での愛の実践です。今まで隣人の欠乏を苦にもしなかった私たちが、隣人の困窮に気付き、一つのパンを二つに分けて片方を相手に差し出した時、私たちは「悔い改めにふさわしい実」を得ます。
・「私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」という言葉は、多くの人々を動かして来ました。レフ・トルストイはこの言葉を読んで、「愛あるところに神あり」(靴屋のマルティン)という民話を書きました。トルストイは目の前にいる、困っている人こそイエスなのだと気づきました。マザーテレサは言います「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。人から見放され、自分は誰からも必要とされていないと感じる事なのです」。
・この隣人愛の実践が社会を変えていきました。ロドニー・スターク「キリスト教とローマ帝国」によれば、ローマ時代には疫病が繰り返し発生し、死者は数百万人にも上り、人々は感染を恐れて避難しましたが、キリスト教徒たちは病人を訪問し、死にゆく人々を看取り、死者を埋葬したそうです。この「食物と飲み物を与え、死者を葬り、自らも犠牲になって死んでいく」信徒の行為が、疫病の蔓延を防ぎ、人々の関心をキリスト教に向けさせたとスタークは考えています。彼はテキストの最後に述べます「キリスト教が改宗者に与えたのは人間性だった」と(p271)。この生活の中での愛の実践、それこそがイエス・キリストに従う者にとってのふさわしい行為なのです。


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01 01

1. 荒野の誘惑

・新しい年を迎え、今年は元旦礼拝を持つことが出来ました。与えられた聖書箇所はルカ4章1-13節「荒野の誘惑」です。イエスはヨルダン川でバプテスマを受けられましたが、その時、天からの声を聞かれました「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」(3:21)。この時、イエスはご自分が神の子として、使命を与えられて世に遣わされたことを自覚され、「神の子として何をすべきか」を模索するために、荒野に行かれます。ルカはそのことを「イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた」(4:1)と記述します。神の霊がイエスを荒野に追い込んだ、神によってこの試練が与えられたとルカは書いています。その荒野で悪魔がイエスの前に現れます。ここでいう悪魔とは、イエスの心の中にあった思いでしょう。さまざまの人間的な思いの中でイエスは悩まれた、それが悪魔の試みとして記録されているように思えます。
・悪魔はイエスに三つのことをささやきます。第一のささやきは「石をパンに変えてみよ」との誘いです。イエスは40日の断食の後に、空腹になられました。悪魔はささやきます「お前は神の子であり、人々を救うために来たのであろう。今、多くの人々が食べるものも無く、飢えに苦しんでいる。もし、おまえがこれらの石をパンに変えれば彼らの命を救うことができるではないか」とのささやきです。これに対しイエスは言われました「人はパンだけで生きるのではない」。
・キリスト教は明治になって日本に伝えられましたが、海外から来た宣教師たちはライ病や結核にかかった病人が路傍に捨てられ、子どもたちは十分な教育を受けられない現実を見て心を痛め、本国からの資金援助で、各地に病院や学校を建てました。それから150年、キリスト教系の病院、たとえば聖路加病院や聖母病院等は、良心的治療で、今日でも高い評価を得ています。多くのミッションスクールが立てられ、白百合や聖心、また立教や青山等のミッションスクールは、今日でも熱心な教育をしてくれる学校として人気があります。150年間、多くの人たちがキリスト教系病院で治療を受け、キリスト教系学校で教育されましたが、ほとんどの人たちはクリスチャンになりませんでした。教育や医療、すなわちパンが与えられても、人々はそれをもらうだけで、与えて下さる神のことは考えなかったのです。ですからイエスは言われました「人はパンだけで生きるのではない」。パンは人を救いに導かないのです。
・次に悪魔は誘います「あなたが私にひれ伏すならば、この世の支配権をあげよう」。悪魔はささやきます「人々はローマの植民地支配に苦しんでいる。あなたがローマからユダヤを解放すれば、ここに神の国ができるではないか」。それに対してイエスは答えられました「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」。キリスト教はその誕生以来、迫害に苦しんで来て、多くの殉教者が出ました。その迫害を経て、4世紀にキリスト教はローマの国教になりますが、教会が支配者側に立った途端、堕落が始まります。迫害の300年間、教会は「剣を取るものは剣で滅ぶ」というイエスの教えを守り、信徒が兵士になることを禁じてきました。しかし、教会が支配者になると、教会の教えは変わり、「政府は神により立てられ、全てのキリスト者は政府に従うべきで、国家の秩序を守るためであれば戦争も許される」と教え始めます。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」(マルコ12:17)という聖書の教えに反する行為です。教会が地上の権力と手を結んだ瞬間から、福音が曲がって行きます。神の国はこの世には、地上にはない。私たちの地上でなすべきことは「人を拝むことではなく、主を拝む」事です。
・第三の誘惑は神殿の屋根から飛び降りてみよとの誘いでした。「おまえが神の子であれば、神が守ってくださる。この屋根から飛び降りて、神の子であるしるしを見せれば、多くのものが信じるだろう。そうすれば神の国を作れるではないか」とのささやきです。それに対してイエスは言われました「あなたの神である主を試してはならない」。人々は繰り返し、しるしを求めました。十字架のイエスに対しても人々は言います「神の子なら自分を救え。十字架から降りて来い」(マタイ27:40)。現代の私たちもしるしを求めます。「私の病気を癒してください」、「私を苦しみから救ってください」、「私を幸福にしてください」。この後には次のような言葉が続きます「そうすれば信じましょう」。私たちは信仰さえも取引の材料にしているのです。

2.この世で試みにあう私たち

・三つの誘惑には共通項があります。いずれも与えられた力を使って、地上に神の国を作れとの誘いです。「お前は石をパンに変える力を与えられた。民衆にパンを与えれば、彼らは喜んでおまえを王にする。お前はローマを倒す力を与えられた。ローマを倒してユダヤを独立国にしたら民衆は喜ぶ。お前は奇蹟を起こす力を与えられた。奇跡を起こせば、人々はおまえに従う」。「神の子であればその力を使え、十字架で苦しんでも何も生まれないではないか」との試みです。教会もまた同じ試みの中にあります。私たちは「地域に仕える」ことを教会の標語にしていますが、地域の人々が教会に求めるのは、病の癒しであり、苦しみからの解放です。目の前の苦難を取り除いて欲しい、それが地域の人々の願いです。
・荒野の試みを通して、私たちが知るのは、そのような求めに私たちが応じることが出来ても、そこには何も生まれないという事実です。パンは一時的な飢えを満たすかもしれませんが、やがてまた空腹になります。私たちがホームレスの方々の支援活動を行い、カウンセリング活動をすることは意味がありますが、教会の本質的な業ではありません。教会はあくまでも、解放の言葉である福音を宣べ伝え、福音の光の中で人々に自分の罪を知らせ、その罪を赦して下さるキリストを指し示すことを本来の使命とします。
・病の癒しも同じです。癒されれば、人々は一時的には幸福になりますが、やがて死にます。本当に必要なものは心の救い、平安です。福音はどのような状況の中でも、平安をもたらす力を持っています。これを信じて、福音伝道にまい進することこそが教会の使命です。また教会はこの世的な繁栄を求めるべきでないことも知らされます。私たちの教会は30人ほどの小さな集まりですが、100人、200人の大教会を目指すことが大事だとは思いません。人数は少なくても、一人一人が福音を生活の中で生きる、そのような共同体を目指したいと思います。

3.主からの鍛錬としての試み

・今日の招詞としてヘブル12:5-6を選びました。次のような言葉です「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれるからである」。イエスは試みの中で最後まで、ご自分の力を用いようとはされませんでした。ある人は言います「キリスト者にとって最大の誘惑は、試みに会った時、自分で勝とうとする、また勝ちうると思う、更には勝たねばならないと思う時だ」と。
・カトリックでは、祭司は独身を貫き、肉欲に打ち勝たなければいけないと勧めます。プロテスタントでは信徒に禁酒禁煙を勧め、それが清くなることだと言います。しかし、人が自分の力で試みに勝とうとする時、そこに罪が生まれます。カトリック教会では抑圧された性欲が少年に向かい、多く性的犯罪を生みました。プロテスタント教会では禁酒禁煙を守る人は他の人がお酒を飲み、たばこを吸うことを許すことが出来ず、裁きます。イエスは、自分はどうしようもない罪びとだと悲しむ徴税人の祈りを肯定されました「徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんでください』。言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(18:13-14)。自分は正しいとして誇るファリサイ人の祈りは否定された。人が自分で試みに勝とうとする時、その心は神から離れます。試みに負けて打ちのめされ、どうしていいかわからなくなる時、人は始めて神に生かされている自分を見出します。試みに勝つ必要はない、試みを神からの鍛錬と受け入れればそれでよいのです。
・人生に試みは必要です。河野進という牧師がいます。50年間岡山のライ病院で奉仕した人です。彼の詩に「病まなければ」という歌があります。 “病まなければ聞き得ない慰めのみ言葉があり、捧げ得ない真実な祈りがあり、感謝し得ない一杯の水があり、見得ない奉仕の天使があり、信じ得ない愛の奇跡があり、下り得ない謙遜の谷があり、登り得ない希望の山頂がある”。自らが病むことによって始めて見えてくる世界があるのです。いろいろな試みがあります。ある人は重い病を与えられ、別の人は事業の失敗という挫折を与えられます。家庭の不和という苦しみを与えられる人もいます。しかし、苦しみの中で祈り、その祈りを通して、試みが私たちを導くために与えられたことを知る時、苦難や挫折の意味が変って来ます。ヘブル書は語ります「鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」(12:11)。試みこそが私たちを門の外で苦難に遭われた主へ(ヘブライ13:12)、そして救いに導くのです。私たちはこの年にも、様々の苦しみや悲しみがあるでしょう。苦しみや悲しみの多くは、人の心の闇がもたらすものです。その闇を取り除くために、私たちに何が出来るかを祈り求める1年でありたいと願います。


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12 30

1.クリスマスの後で

・クリスマスが終わり、本年最後の礼拝の時を迎えました。今日読みますマタイ2章では、イエスがお生まれになった時、東方から三人の占星術の学者たちが星に導かれて幼子イエスを礼拝したとマタイは記します(2:1)。当時は占星術が盛んで、人々は天体の異変を見て自分たちの未来を知ろうとしました。紀元前7年に土星(ユダヤ人の星と言われていた)と木星(王の星と言われていた)が接近して異常な輝きを示したことが文献で確認されており、マタイは、この星を東方の占星術師たちが見て、「パレスチナに世界を救う王が生まれた」と示されて、その星を追ってユダヤに来たと記します。
・占星術の学者たちはエルサレムの王宮を訪ねて聞きます「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」(2:2)。「ユダヤ人の王」という占星術師たちの言葉は、ユダヤの王ヘロデを不安にします(2:3)。ヘロデはイドマヤ出身の異邦人で、ローマ軍の後押しを受けて王になりましたが、民衆の支持はありませんでした。彼は王権の正当性を保つためにハスモン王家の血を引く女性を妻にむかえますが、彼女が王位を狙っているとの猜疑心にかられ、妻を殺し、妻の親族を殺し、王家の血を引く三人の子も反逆罪で処刑しています。このようなヘロデですから、占星術師たちの言葉に王位を脅かす者の出現を予感し、不安になったのです。
・ヘロデは「メシアは何処に生まれるのか」と祭司長たちに問い質しました。祭司長たちはミカ書の預言から、ベツレヘムであると答えます(2:6)。占星術師たちはベツレヘムを目指してエルサレムを出発します。東方でみた星が先立って進み、彼等はイエスとその両親が住む家に導かれ、幼な子を拝したとマタイは記します(2:11-12)。その後、「ヘロデのもとに帰るな」という啓示を受け、別な道を通って故国に帰って行きました。他方、御使いはイエスの父ヨセフに現れ、「ヘロデが命を狙っているのでエジプトに逃げよ」と指示し、ヨセフはマリアと幼子イエスを連れてエジプトに逃れたとマタイは記します(2:13)。

2.難民となられたイエス

・マタイは、ユダヤ王ヘロデが自分の地位を脅かす新しい王の出現を怖れ、兵士たちにベツレヘムの2歳以下の男の子たちをすべて殺させたと記します「ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」(2:16)。マタイは、子たちを殺された母親の嘆きの声がベツレヘムにとどろいたと記します「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから」(2:18)。ベツレヘムでの虐殺が実際にあったのか、マタイ以外の記述はなく、歴史上は真偽を確認できません。しかし王座を守るために妻や子を殺したヘロデであれば、機会があればそうしたであろうことは推測できます。クリスマスは、救い主が誕生されたという喜びの日であると同時に、「罪のない子供たちが巻き添えで殺され、イエスも国を追われて難民となられた」という悲しい時でもあったとマタイは語ります。
・ノーベル文学賞を受賞したパール・バックは、「わが心のクリスマス」という本の中で、少女時代に経験した中国でのクリスマスの出来事を記しています。彼女の両親は宣教師で、彼女も少女時代を中国の鎮江で過ごしています。彼女が12歳の時、中国北部で大飢饉があり、飢餓に追われた何十万人もの難民が彼女の住む町に流れ込んできました。彼女は記します「朝になると、表門と裏門の前から、毎日のように死体が運び去られた。物乞いに来た人々は、施錠された門に隔てられ、力つきてその場で死んだ。私たちだれもが門を開けなかった。それは飢えた人々が畑の大麦を襲うイナゴの群のように、飛び込んでくるに違いないからだ・・・その12才の時のクリスマス、キリスト降誕祭の当日、門前に飢えて横たわっている人々の一人に赤ん坊が生まれた。あのベツレヘムの子のように、『宿には彼らのいる場所がなかった』ので、私の母は若い女を門の中に入れた。赤ん坊はわが家で生まれた。その子はしかし、すぐに死んだ。若い母親も生きられなかった・・・赤ん坊は一握りの骨になり、生命の始まりにはならなかった」。
・パール・バックは回想します「今、自分の国に住み、クリスマスの喜びの中で、私は彼らを想い出す。あの母と子は物乞いではなかった。泥棒でもなく、浮浪者でもなかった。ただ、『身を横たえる場所がなかった』のである・・・クリスマスが来るたびに私はあの母と子を思い出し、改めて誓いを新たにする。彼らは今も生きている。飢えに悩まされ、戸口で倒れて死んでいくこの地上の多くの人々の中に、今も生きている」。この悲しいクリスマスを体験したパール・バックは、戦後アメリカ人将兵と東洋女性の間に生まれ、棄てられた混血児たちを養うための「ウェルカム・ハウス」を造り、作品の印税のほとんどを捧げて、孤児たちの養母になっていきます。日本でも戦後、占領米軍兵士と日本人女性の間に多くの混血児が生まれ、社会問題になりました。そのような出来事がアジア各地で起こり、子どもたちは混血故に棄てられていきました。パール・バックは言います「私たちも祖先をたどれば多かれ少なかれ、混血児なのに」。

3.イエスに従う者の群れが生まれた

・イエス誕生の出来事の中に闇があったとマタイは証言します。メシアの誕生に不安を抱いたヘロデにより、幼児虐殺が起こされました。しかし、マタイはこの恐ろしい出来事の中に、もう一つの意味を見出しています。そのことを知る言葉がマタイ2:18です。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから」。この言葉のどこに意味があるのでしょうか。それはエレミヤ31:15-17を読むことで理解できます。今日の招詞です「主はこう言われる。ラマで声が聞こえる。苦悩に満ちて嘆き、泣く声が。ラケルが息子たちのゆえに泣いている。彼女は慰めを拒む、息子たちはもういないのだから。主はこう言われる。泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。息子たちは敵の国から帰って来る。あなたの未来には希望がある、と主は言われる。息子たちは自分の国に帰って来る」。
・エレミヤの預言前半をマタイは引用して、ベツレヘムの悲しみを述べましたが、同時に彼は後半の言葉を思い起こせと私たちに告げます。「主はこう言われる。泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる」。ラマはイスラエルの民がバビロンに連行された時に、捕囚民が集合を命じられた場所です。子供たちが捕虜として敵地に連れて行かれる光景を見て、イスラエルの母たちは泣きました。その時、主は言われました「あなたが流したその涙は報われる。あなたの息子たちは帰って来る」。
・イエスはヘロデの陰謀から逃れられました。他方、残されたベツレヘムの息子たちは殺され、母親たちは涙を流しました。しかし、「その涙は報われる」とマタイは主張します。エレミヤは主の言葉を続けます「見よ、私がイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る・・・私の律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。私は彼らの神となり、彼らは私の民となる」(エレミヤ31:33)。イエスは十字架の前日に弟子たちと最後の食事をとられ、言われました「この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である」(ルカ22:20)。キリストの苦難はその出生と共に始まりましたが、その苦難は十字架で完成されます。神はイエスを十字架につけるために、生まれたばかりのイエスの命をヘロデから助けられたとマタイは語たるのです。
・幼子を殺したのはヘロデです。ヘロデの心の闇、罪が多くの子供たちを殺した。パール・バックの経験した難民の赤ん坊も「身を横たえる場所がなく」、生まれてすぐに死んで行った。イエスもまた「泊まる場所がなかった」ゆえに、宿の外で生まれられました(ルカ2:7)。人の罪がこの世に闇をもたらします。この闇をなくすためにイエスは馬小屋で生まれられ、十字架に死なれました。その十字架に出会って、人の心は変えられ、闇の中に光をもたらします。マタイは福音書の最後に、イエスの十字架刑を見て悔い改めたローマの百人隊長の言葉を記します「本当にこの人は神の子だった」(27:54)。十字架を見て、人は自分の罪を知り、悔い改め、心の中の闇が解け始めます。
・ヘロデは特別の悪人ではありません。歴史が私たちに教えるのは、自分の欲のために子供たちを殺したのは、ヘロデが初めてではないし、ヘロデの後も繰り返し行われたという事実です。日常に目を向ければ、私たちはこの日本で毎年20万人の子供たちを人工妊娠中絶という形で殺しています。望まない妊娠をした時、私たちの大半は、胎内の子を中絶して問題を解決しようとします。自分の地位が奪われるかも知れないとの不安から子供たちを殺したヘロデと、安定した生活を守るために、胎内の子を殺している私たちとどこが違うのか。ヘロデが闇の中にいたように、私たちも闇の中にいます。
・私たちの心の中にも、ヘロデがいます。そのヘロデ的存在が、他者のために命を捨てる存在に変えられる出来事が起きます。それが十字架の出来事であり、クリスマスはその十字架に死ぬために世に来られたイエスを想起する時です。先に紹介したパール・バックは最後に次のように語ります「クリスマスに呼び起こされた愛は生き続けて生活の一部になる。それがクリスマスの目的と意味であり、世界の人々の愛が、良き愛が、人生の中に生きてこそ、クリスマスは全うされるのである」。「目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる」と言われた神の言葉は、心を変えられた信仰者の働きにより、成就します。今日が2018年度の最後の礼拝です。年の初めに、人々は今年1年が無事でありますように、災いが来ませんようにと祈ります。しかし、キリストに出会った者は別の祈りをします「来年もまた、苦しみや悲しみがあるでしょう。それは人の罪が造るものです。その闇を取り除くために、私たちに何が出来るか、教えて下さい」。


カテゴリー: - admin @ 07時52分45秒

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