すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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06 23

2019年6月23日説教(フィリピ3:12-21、天に国籍を持つ者として生きる)

1.キリストに出会った喜びを伝えるパウロ

・フィリピ書は、「喜びの書簡」と言われています。私たちは、自分が幸福で満たされている時には喜びます。ただ、苦難の中にある時、重荷を担っている時には、喜べません。しかし、パウロは、「キリスト者は苦難の中でも喜ぶことが出来る」と語ります。パウロがこの手紙を書いた時、彼はエフェソの獄中にあり、殉教を前にした緊迫した状況の中にありました。にもかかわらず、この手紙には「喜ぶ」という言葉が多く用いられています。パウロはエフェソの獄中から、フィリピ教会に手紙を書いています。
・パウロがエフェソの獄中にいると知らされたフィリピの教会は、パウロを慰めるためにエパフロディトに贈り物を託して送り、エフェソでパウロに仕えるように手配しました。そのエパフロディトが重い病になってフィリピに帰ることになり、彼に託して、パウロはフィリピの人々に手紙を書きました。それがフィリピ書です。パウロは案じてくれたフィリピの人々に感謝し、教会のために祈ります。フィリピ書1〜2章はパウロの感謝とフィリピの信徒を気遣う愛情に満ちた手紙です。3章の始めでパウロは書きます「最後に、私の兄弟たちよ。主にあって喜びなさい」(3:1)。「主にあって喜びなさい」、フィリピ書を貫くパウロのメッセージです。
・その感謝の手紙が、3章2節から突然激しい語調になります。「あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手たちに気をつけなさい。切り傷にすぎない割礼を持つ者たちを警戒しなさい」(3:2)。パウロは手紙を書いている中で、フィリピ教会を混乱させているユダヤ主義キリスト者の活動をここで思い起こし、警告します。手紙には、「犬ども」、「よこしまな働き手」、「切り傷に過ぎない割礼を持つ者たち」、と激しい言葉が並びます。当時のエルサレム教会は、「洗礼を受けただけでは救われない。割礼を受け、律法を守らないと救われない」として、巡回伝道者を各地の教会に派遣していました。フィリピ教会にも伝道者たちが訪れ、教会の中に混乱が生じていた。パウロはユダヤ人が大切にする割礼を「切り傷に過ぎない」とし、彼らを「犬」と呼びます。何故このような激しい言葉を投げかけるのか、それはユダヤ主義者の活動が教会を壊しかねない要素を持っていたからです。割礼を受けなければ救われないとしたら、キリストは何のために死なれたのか。割礼を強制する彼らはキリストの十字架を無益なものにしている。だから「よこしまな働き手」なのだ、とパウロは批判します。
・パウロもかつては律法による救いを求め、そのために努力し、そのような自分を誇った時もありました。彼は言います「私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした」(3:5-6)。彼はユダヤ人の誰よりも、熱心に律法による救いを求め、熱心のあまり律法を守らないキリスト者共同体への迫害者にさえなった。その彼がダマスコ途上で復活のキリストに出会い、キリストに捕らえられ、教会の迫害者から伝道者になりました(使徒9:1-9)。彼は律法学者としての名声も、教師としての安定した生活も失くし、ユダヤ人からは「裏切り者」として命を狙われるようにもなりました。
・しかしパウロは、「私にとって有利であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。そればかりか、私の主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、私はすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています」(3:7-8)と語ります。律法を守ろうとする者は自分の功績を誇ります「これだけ努力をして、これだけ実績を上げてきた。だから救われるのは当然だ」。パウロは自分を誇った過去を恥ずかしく思い、それらを「糞土」のように捨てたと語ります。パウロはすべてを失くしましたが、キリストを得た。彼はキリストに出会って命を見出しました。彼は語ります「私には、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります」(3:9)。

2.キリストに出会った者の生き方

・私たちはキリストに出会った。キリストに捕らえられた。だからキリストを追い求めていくとパウロは言います「私は、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。兄弟たち、私自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです」(3:12-14)。人間の目から見れば、「成功の人生」があり、「失敗の人生」もあります。何の成果もあげられなかったと悔やむこともあります。パウロは語ります「後ろのものは忘れよう」(3:13a)。神の目から見れば「過去の功績」等どうでもよく、いかに「今を一生懸命に生きるか」のみが評価される。実績を上げることが出来なくとも、一生懸命に走った人に、神は「賞」をお与え下さる(3:14)。だから「前のものに全身を向けよう」(3:13b)とパウロは語ります。
・そして有名な言葉が来ます「私たちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待っています。キリストは、万物を支配下に置くことさえできる力によって、私たちの卑しい体を、御自分の栄光ある体と同じ形に変えてくださるのです」(3:20-21)。ここに永遠の命を求めるのか、この世での救いを求めるのか、信仰の分かれ目があります。島田裕巳著「日本の10大新宗教」によりますと、創価学会は1,000万人の信徒を持ち、立正佼成会は300万人、霊友会も300万人の信徒がいます。キリスト教人口100万人に比し、驚くべき数です。大教団に成長した新宗教のほとんどは「日蓮・法華系」の教団です。浄土信仰を説く既成仏教に飽き足らない人々が、現世における救いを強調する法華信仰に惹かれている。「南無妙法蓮華経」を唱えれば救われる、信じれば豊かな生活が送れるという教えが人々を捕らえている。これは律法を守れば救われる、善行を積めば幸せになれるとするユダヤ主義者の考え方と同じです。しかし、パウロはこのような考え方を、「絶対そうではない」と否定します。

3.苦難の中で喜ぶ信仰

・今日の招詞としてフィリピ4:4-6を選びました。次のような言葉です「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思いわずらうのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」。パウロは獄中にあっても喜んでいます。
・パウロは手紙の冒頭で言います「兄弟たち・・・私が監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、私の捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになった」(1:12-14)。獄中でパウロが気力を失わずにいる姿を見て、大勢の人が励まされ、ある者はキリスト教に回心しました。神が監獄という場所においても、働いてくださることを知るゆえにパウロは喜ぶ。どこにおいても私たちは神を賛美することが出来ます。現にパウロはエフェソの牢獄から、この手紙を書いています。私たちは、自由に外出の出来ない老人ホームにいても、病気で入院した病院においても、神のために働けるのです。
・私たちが苦しみの中にあれば、その苦しみを神の前に差し出す。悲しみの中にあれば、その悲しみを神の前に訴える。その時、神は悲しみの意味、苦しみの意味を教えてくださる。意味がわかった時、苦しみは苦しみのままで、悲しみは悲しみのままで、祝福に変わっていく。苦しくてたまらない時、祈って与えられた御言葉が私たちの人生を変えた経験を何度もしています。苦しみや悲しみがなくなることが救いではなく、苦しみ悲しみの中で神の声を聞くことこそ救いなのです。現世利益、功績主義は必ず行き詰ります。お題目を唱えても、治らない病気は治らないし、解決しない問題は解決しない。癒しは仮のものであり、救いではない。私たちは、病人は病気のままで、苦しむ人は苦しみながら、救われていく。悲しみや苦しみがもはや私たちを支配しない、神の平安の中にあるからです。それこそが救いではないでしょうか。
・パウロは言います「私たちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待っています」(3:20)。フィリピはローマの植民都市で、市民はローマ市民権を与えられていました。フィリピの市民がローマ市民であるように、私たちも地上に暮らしていても、天の国の市民なのだとパウロは言います。ペテロも語ります「愛する人たち、あなたがたに勧めます。いわば旅人であり、仮住まいの身なのですから、魂に戦いを挑む肉の欲を避けなさい(第一ペテロ2:11)。旅人であり、仮住まいの身ですから、自分の家を持つとか、老後の資金を蓄えることに価値を置かない。「年金だけでは暮らせない。老後には2千万円が必要だ」と言われても、動揺しない。神が道を開いて下さる、神が養って下さると信じるからです。この野放図な楽天性こそ、天の市民の生き方です。私たちはこの地上で多くのものを失うかもしれないし、多くの人たちから捨てられるかもしれませんが、神が私たちを見捨てられることは決してない。何故なら、神は私たちのためにキリストを遣わして、その命で私たちを贖ってくださった方だからです。そのキリストは私たちの重荷を共に負って下さる、キリストが共にいてくださるから、私たちはどのような状況下でも心配しない、だから喜ぶことが出来るのです。


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06 16

2019年6月16日説教(フィリピの信徒への手紙2:12-18、キリストのために苦しむ恵み)

1.非日常の中で喜ぶ

・今日から三回にわたって、私たちは「フィリピの信徒への手紙」を読みます。フィリピはマケドニア州にある港町で、パウロが初めてヨーロッパ伝道を行った記念すべき町です。 キリスト教はパレスチナ(アジア)から始まりましたが、発展したのはヨーロッパです。「福音がアジアからヨーロッパに伝わる」ことがなかったら、その後の世界史は大きく変わったでしょう。パウロのフィリピ伝道は世界史の大きな転換点になりました。そのフィリピで、パウロはリディアという一人の裕福な婦人に出会い、彼女はパウロの話を聞いて、回心し、洗礼を受けます(使徒16:14-15)。やがてこのリディアの家の教会がフィリピ教会と成長していきます。パウロはフィリピを離れた後、テサロニケ、コリント、エフェソ等で伝道活動を続けますが、フィリピ教会はパウロの活動支援のためにエパフロディトに託して献金を送り、彼はパウロの助手として働き始めます。しかし彼は重い病気に罹り、フィリピに帰る事となりました。パウロは帰還するエパフロディトに託して、支援感謝の手紙を書きます。それが「フィリピの信徒への手紙」です。
・パウロはこの手紙をエフェソの獄中から書いています。フィリピ教会の人々はパウロ投獄の知らせを聞いて心配したと思います。その人々にパウロは現況報告を書きます「兄弟たち、私の身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。つまり、私が監禁されているのはキリストのためであると、兵営全体、その他のすべての人々に知れ渡り、主に結ばれた兄弟たちの中で多くの者が、私の捕らわれているのを見て確信を得、恐れることなくますます勇敢に、御言葉を語るようになったのです」(1:12-14)。パウロは獄中にあって喜んでいます。何故ならば、逮捕と裁判を通して、異教世界の責任のある人たちの居並ぶ法廷で、キリストを述べ伝える道が開かれたからです。そしてパウロの喜びを見て、兵士の中にも回心する者が出てきたようです。パウロは先にフィリピでも投獄されていますが、その時には監獄の看守とその家族が救われる体験をし(使徒16:25)、今また逮捕・監禁・裁判という「強いられた受難」が、エフェソの役人の中から回心者が出ています。「強いられた受難」が「神の恵みとしての受難」に変えられた。パウロはそれを喜んでいるのです。
・フィリピの教会はパウロが捕らえられたと聞き、エパフロディトに慰問の品を持たせて、派遣しました。パウロは教会の支援に感謝すると共に、いま自分が獄にあってフィリピの人々のために働けないことを、心残りに思っています。しかし、パウロの心は彼らと共にあり、パウロがいない今も主に従順であるように祈ります。「愛する人たち、いつも従順であったように、私が共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいなさい」(2:12)。パウロは続けます「恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい・・・不平や理屈を述べることを止めなさい」。つぶやきや疑いを捨てなさい、そうすれば「とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう」(2:15-16)とパウロは語ります。
・パウロは獄中にあり、死の脅威の中にあります。1章21節以下でパウロは語ります。「私にとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、私には分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。だが他方では、肉にとどまる方が、あなたがたのためにもっと必要です」(1:21-24)。パウロは、人間としては、釈放されて再びフィリピを訪れることを願っていますが、それは適わないかもしれない。彼は死を覚悟し始めています。それが神の御心であれば受け容れていこうと思っています。彼は語ります「信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ、礼拝を行う際に、たとえ私の血が注がれるとしても、私は喜びます。あなたがた一同と共に喜びます。同様に、あなたがたも喜びなさい。私と一緒に喜びなさい」(2:17-18)。民の罪を購う「贖いの日」には、犠牲の動物の血が祭壇に注がれ、祭壇を清めます。パウロは自分が処刑され、その血がフィリピ教会の祭壇を清めるのであれば、喜んで死のうと語ります。

2.善き力にわれ囲まれ

・パウロは獄中でキリスト賛歌を歌いました。同じく獄中でキリスト賛歌を歌ったのがD.ボンヘッファーです。讃美歌73番は、デートリッヒ・ボンヘッファーが1944年に書いた「善き力にわれ囲まれ」という詩を歌にしています。ボンヘッファーはナチス時代を生きたドイツの牧師です。1933年、ナチスが政権を取り、ユダヤ人迫害を始めると彼はそれに抗議します。ドイツの大半の教会はナチスの政策に従ってドイツ帝国教会として再編成されますが、ボンヘッファーはカール・バルト共に告白教会を組織し、「不正な指導者には従うな」と呼びかけます。彼は政権ににらまれ、心配した友人たちはニューヨークのユニオン神学校の職をボンヘッファーに提供し、1939年彼はアメリカに渡りますが、1ヶ月間いただけですぐドイツに帰ります。祖国の人々が犠牲になって苦しんでいる時、自分だけが平和な生活を送ることは出来ない、苦しみを共にしなければ、もう祖国の人に福音を語れないと思ったからです。
・彼はドイツに戻り、ヒットラー暗殺計画に加わります。彼は語ります「車に轢かれた犠牲者の看護をすることは大事な務めだ。しかし、車が暴走を続け、新しい被害者を生み続けているとすれば、車自体を止める努力をすべきだ」。暴走を続けるナチスを止めるには、その頭であるヒットラーを倒すしかない。そう考えたボンヘッファーは国防軍情報部に入り、ヒトラー暗殺計画を推し進めますが、発覚し、1943年4月に捕らえられます。1年半後の1944年12月に彼は獄中から家族にあてて手紙を書きますが、そこに同封されていたのが、讃美歌の元になった詩です。
・1番は次のような詩です。「善き力にわれ囲まれ、守り慰められて、世の悩み共に分かち、新しい日を望もう」。1年半にわたって彼は投獄されています。その中で、家族や友人が彼のために祈り続けてくれる事を感謝し、それを与えてくれた神の守りを「善き力に囲まれ」と歌います。ナチスに対する反逆罪で捕らえられた彼は死刑になることを覚悟しています。また牧師として、暗殺行為に関ったことが良かったのか、迷いはあります。その迷いの中で「過ぎた日々の悩み重く、なおのしかかる時も、さわぎ立つ心しずめ、御旨に従い行く」と歌います。
・2番が続きます「たとい主から差し出される杯は苦くとも、恐れず感謝をこめて、愛する手から受けよう」。主から差し出される杯は「死」かも知れない。死ぬのは怖いし、人としては、釈放されてまた家族や友人と楽しい日々を過ごしたいと願います。しかし、それは適わないかもしれない。その時は主から差し出される杯をいただこう。この邪な、曲がった時代の中にも、神の光は輝いている。「輝かせよ、主のともし火、われらの闇の中に。望みを主の手にゆだね、来るべき朝を待とう」と彼は歌います。いつ処刑されるかわからない不安の中にありながら、主にある平安を彼は喜びます「善き力に守られつつ、来るべき時を待とう。夜も朝もいつも神は、われらと共にいます」。神がわれらと共にいませば、それでいいではないか。4ヵ月後の1945年4月に処刑されて、彼は39歳の若さで死んで行きます。

3.キリストのために苦しむ恵み

・今日の招詞にフィリピ1:29−30を選びました。次のような言葉です「つまり、あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです。あなたがたは、私の戦いをかつて見、今またそれについて聞いています。その同じ戦いをあなたがたは戦っているのです」。パウロは今キリストの福音を伝えた故に獄にいます。福音は時として迫害をもたらします。
・イエスは安息日に病人を治療してはいけないという律法を知りながら、目の前に病人を憐れみ、いやされました。らい病人には触れていけないという掟があっても、愛の故にそれを無視されました。だから律法を重んじるユダヤ人たちはイエスを捕らえました。ローマ帝国は皇帝を神として拝めと求め、パウロはこれを拒否したため、帝国はパウロを捕らえました。キリストに従うとする時、世から迫害を受けることはあり、迫害を受けた時、私たちは日常の平和から、非日常の苦難の中に入ります。しかし、その苦難が神ゆえのものであることを知る時はもう怖れません。
・パウロの言葉はボンヘッファーを慰めましたが、鈴木正久という日本人牧師にも死を超えた希望を与えています。日本基督教団議長を務めた鈴木正久牧師は死が避けられないことを知り、嘆きます。その彼を再び立ち上がらせたのは、フィリピ書でした。鈴木牧師は語ります「フィリピ人への手紙を読んでもらっていた時、パウロが自分自身の肉体の死を前にしながら非常に喜びにあふれて他の信徒に語りかけているのを聞きました・・・パウロは、生涯の目標を自分の死の時と考えていません。それを超えてイエス・キリストに出会う日、キリスト・イエスの日と述べています。そしてそれが本当の「明日」なのです。本当に明日というものがあるときに、今日というものが今まで以上に生き生きと私の目の前にあらわれてきました」(鈴木正久・病床日記から)。「神が共にいてくださる」ことを知る時、牢獄もまた喜びの場になります。キリストを信じる者にも死は恐怖です。しかし、その恐怖は神が取り去って下さいます。信仰のある者と無い者の違いは、いざと言う時に絶望に押しひさがれるか、それとも神による救いを見出すかです。パウロは語ります「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」。


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06 09

2019年6月9日説教(使徒言行録2:1-13、言葉の奇跡が起きた)

1.待つ群れへの聖霊降臨

・聖霊降臨節を迎えました。ペンテコステ、元来は過越し祭りから50日目の麦の収穫感謝祭(ユダヤ教の五旬祭)でしたが、この日に、イエスの弟子たちに聖霊が下り、弟子たちの宣教を通して多くの人が回心し、教会が生まれた日としてお祝いするようになりました。具体的には弟子たちが「異なる言葉」で話始め、その結果、エルサレムで生まれた福音「キリストの教え」が言葉の壁、民族の壁を超えて伝わり始める、という出来事が起こりました。それがペンテコステです。使徒言行録2章はその日に起こった出来事を記しています。
・使徒言行録は、十字架で死なれたイエスが三日目に甦り、その後40日間弟子たちと共にいて、聖霊が与えられるまでエルサレムに留まるように指示されたと伝えます「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである」(使徒1:4-5)。40日後、イエスは昇天されました。残された弟子たちは、一同に集まり、聖霊を与えてくれるように祈り続けます。その祈りに答えて、神の力、聖霊が与えられたとルカは記します。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」(使徒2:1-3)。
・現代の私たちには理解できない表現を用いて、ルカは聖霊降臨の出来事を伝えようとしています。「激しい風が吹いてきた」、風の原語はプノエ、霊はプネウマです。「炎のような舌が見えた」、舌はグロッサで、その複数形グロッサイは言葉です。つまり、霊=プネウマが風=プノエのように下り、舌=グロッサが言葉=グロッサイを与えたとルカは説明しています。「風」、「火」、「現れる」等の表現は、旧約聖書では、「神の臨在」を示す言葉です。風は見えないが感じることが出来る、見えない聖霊が風のように弟子たちに下り、その霊によって弟子たちに語る言葉が与えられたという意味です。ルカは記します「一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」(2:4)。「ほかの国々の言葉」、原文をそのままで訳すと、「異なる言葉」、になります。
・エルサレムには外国生まれのユダヤ人たちや、ユダヤ教に改宗した異邦人たちが数多く住んでいました。ユダヤは何度も国を滅ぼされ、その度に人々は外国に散らされてそれぞれの地に住み、その子孫たちが祭りにエルサレム神殿に参拝するため、故国に帰っていたと思われます。彼等はヘレニスタイと呼ばれ(6:1)、コイネーと呼ばれる俗語ギリシャ語を話していました。大きな物音にびっくりして弟子たちのいた家の周りに集まった人々は、ガリラヤ出身の弟子たちが自分たちの国の言葉で(すなわちギリシャ語で)、語っているのを聞き、驚いて言います「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうして私たちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(2:7−8)。ルカは続けて報告します「私たちの中には・・・ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」(2:9-11)。人々は驚き、とまどいました。

2.弟子たちが伝わる言葉で語り始めた

・実際に何が起きたのかはわかりません。しかしルカの報告を通して、二つのことを知ることができます。その一つは臆病だった弟子たちに、語る力が与えられたことです。弟子たちはイエスが捕らえられた時、その場から逃げ出しました。弟子の一人ペテロは心配になってイエスの後をついて行き、大祭司の屋敷まで行きましたが、そこで女中に見とがめられます「あなたもイエスの仲間だ」(ルカ22:56)。ペテロは激しく否定します「そんな人は知らない」。他の人もペテロを仲間だと言いましたが、ペテロは否定します。そして三度目に否定した時、鶏が鳴きました。ペテロは「この人こそメシア」と慕っていたイエスを裏切りました。自分も殺されるかも知れないという恐怖の前に、ペテロは過ちを犯しました。ほんの50日前、夜の闇の中で女中にさえ語ることの出来なかったペテロが、群集を前にイエスのことを語り始めたという奇跡が起きたのです。神の霊はちりに命の息吹を吹き込み、人間を創造しました(創世記2:7)。今また、神の霊は臆病であった弟子に命を吹き入れ、大胆に語る賜物を持った新しい人間を創造しました。語ることの出来なかった人々が、語るための舌を与えられた。それがペンテコステの日に起こった出来事の意味の一つです。
・もう一つの出来事の意味は、「神が為された偉大な業」(2:11)を、人々にわかる言葉で伝えることができたということです。ルカは「"霊"が語らせるままに、(弟子たちが)ほかの国々の言葉で話しだした」と記しますが、おそらく弟子たちは、外国生まれのユダヤ人や異邦人改宗者も理解できる当時の共通語であるギリシャ語で語り始めたのでと思えます。イエスや弟子たちが日常に用いていた言葉は、ヘブル語またはその方言であるアラム語です。他方、外国に住む、あるいは外国から帰国したユダヤ人たちは、ヘブル語を理解せず、ギリシャ・ローマ世界の共通語であるギリシャ語しか話せませんでした。その彼等に福音を伝えるにはギリシャ語で話すしかない。弟子たちの出身はガリラヤですが、その地は「異邦人のガリラヤ」と呼ばれたほど、ギリシャ化が進み、弟子たちの何人かはギリシャ語を話すことが出来たのでしょう(今日のヨーロッパの人々が母国語はもちろん、共通語である英語を話せるのと同じです)。弟子たちがイエスの受難と復活をギリシャ語で語った結果、その言葉は人々に伝わり、その日に3千人が洗礼を受けたとルカは記します(2:41)。
・このギリシャ語を話すユダヤ人たちが、やがて福音宣教の担い手になります。使徒8章でエルサレム教会にユダヤ教会からの迫害が行われたことが記されていますが、この迫害の結果、ギリシャ語を話すユダヤ人たちがエルサレムを追われ、サマリアやシリア、さらにはアジア地方にまで伝道を行い、その結果、福音が民族、国境を超えて広がっていきます。ルカはその歴史を踏まえて、ペンテコステの出来事を書き記しているのです。

3.福音の真理は言葉を超える

・聖霊は、教会が福音(良い知らせ)を持って、人々のところに出て行く力を与えます。その行為は、当初は戸惑いと疑いと嘲りを招くでしょうが、やがて少数の人々であれ、存在の根底から悔い改めさせる力を持ちます。今日の招詞に使徒1:8を選びました。次のような言葉です。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」。昇天するイエスが弟子たちに託した言葉です。福音は神の業の目撃証言を通して伝わり、その証しは言葉を通して語られます。その証言を集めたものが新約聖書で、その新約聖書がギリシャ語で書かれたことは、考えれば不思議です。何故ならイエスも弟子たちもアラム語で語っていたからです。アラム語で語られた出来事が、ギリシャ語という当時の共通語で書き記されることを通して、福音が世界に伝えられていった、その出発点がペンテコステの日に起こった「異なる言葉」の奇跡でした。
・イエスや弟子たちの証言集であった新約聖書はギリシャ語で書かれましたが、キリスト教がローマ帝国の公認宗教になると、やがて帝国の原語「ラテン語」に翻訳され、ラテン語聖書(ウルガタ)が権威を持つようになります。ただ民衆はラテン語がわからず、聖書が何を語っているのかを理解できませんでした。その壁を破ったのが、宗教改革です。イギリスではウィクリフが聖書を英語に翻訳し、ドイツではルターによりドイツ語聖書に生まれ、それがグーテンベルクの発明した印刷術によって、世界各地に伝えられていきます。宗教改革を起こしたものは、各国語に翻訳された聖書の力でした。日本ではキリシタン時代に最初に日本語聖書翻訳がなされました。1837年に出されたギュツラフ訳ヨハネ福音書です。この聖書翻訳は日本から漂流した三人の船乗りの協力で為され、三浦綾子著「海嶺」に詳しく報告されています。その後、明治になってキリスト教の布教が許されるようになると、多くの外国人宣教師が日本を訪れ、聖書の翻訳を手がけるようになります。その一人がマタイ福音書を翻訳したヘボンで、彼はローマ字表記の考案者としても有名です。それから150年、現在の私たちは多くの日本語訳聖書を持つことを許されています。
・最近出た新しい翻訳の一つが、山浦玄嗣(はるつぐ)氏のケセン語訳聖書です。ケセン語は東北・気仙地方の方言で、使う人口も少ない言葉です。山浦さんは岩手県大船渡市のカトリック医師ですが、ある時教会で「マタイ福音書・山上の説教」をケセン語で読んで聞かせた所、ある老婦人が涙を流して、「今日ぐらいイエス様の気持ちがわかったことはなかった」と彼の手を掴んで感謝したことから、50歳を超えて聖書の原語であるギリシャ語を学び、翻訳を始めたというのです。何とかイエスの心を伝えたい、その熱情がケセン語聖書を生みました。その山浦さんの熱情が別の回心者を生んでいきます。常盤台教会の会員であった太田雅一兄は、教会に講演で来られた山浦玄嗣さんの証しを聞いて、自分もギリシャ語を学びたいとして東京バプテスト神学校に入学され、やがて牧師になられました。伝わる言葉は奇跡を生んでいくのです。使徒言行録2章1-13節の短い文章の中に、「聞く」という言葉が繰り返されています(2節、6節、11節)。理解できる言葉で話された福音は、「聞かれる」ことによって伝わって行きます。使徒言行録によれば、この日、3000人が、ペテロの「悔い改めてバプテスマを受けなさい」という勧めに応えて、バプテスマを受けたとされています(使徒2:41)。教会が説教を大事にするのも、会衆が「聞く」ことによって、回心の奇跡が起きるからです。教会とは、「神のみ言葉が語られ、神のみ言葉が聞かれる」共同体なのです。キリスト教信仰は、教会という共同体を通しての、交わりの信仰なのです。
・ペンテコステの日に弟子たちに聖霊が下り、彼らに語る力が与えられ、普遍的な言語であるギリシャ語で福音が述べ伝えられ、聞かれました。その聖書が最初にラテン語に翻訳され、さらには英語やドイツ語に翻訳され、今では日本語にも翻訳され、言語の力が福音を世界に伝えました。そして今でも、多くの人々が、異なる言語の人々に福音を伝えたいとして活動しています。先日不幸な事件のありましたカリタス学園は、もともとカナダのケベックに設立されたカリタス修道会が、1960年に三人の修道女を日本に派遣して設立されたとのことです。その三人の修道女たちは、来日当初は日本語が話せなかった。福音を伝えるために必死に言葉を学び、それが実って学校設立まで至った。ペンテコステの奇跡は現代でも起こり続けているのです。


カテゴリー: - admin @ 08時03分26秒

06 02

2019年6月2日説教(ガラテヤ6:1−10、互いに重荷を担いなさい)

1.肉ではなく、霊によって歩め

・ガラテヤ書を読み続けています。今日が最終回です。ガラテヤ教会はパウロが設立しましたが、パウロが立ち去った後、エルサレムから派遣された教師たちが来て、「人は信じるだけでは救われない。救われたしるしとして割礼を受けなければいけない」として、人々に割礼を求め、教会に混乱が生じていました。エルサレム教会の人々はユダヤ教の伝統の中で育って来ましたので、救いのしるしとして割礼を受けることは当然だと考えていたのです。しかし、パウロはこの割礼に猛然と反対し、ガラテヤ教会にあてた手紙の中で、言います「もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます」(2:21)。
・パウロは続けます「あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい」(5:13)。ガラテヤ書は宗教改革者マルティン・ルターの特に愛した書だといわれています。竹森満佐一先生はルターの言葉を記します「ガラテヤ書は私の信頼する私の手紙である。私のケーテ・フォン・ボーラである」(ガラテヤ書講解説教から)。ケーテ・フォン・ボーラ、ルターの妻の名前です。それほどに愛し、信頼してということでしょう。ルターは修道士でした。ルターの妻も修道女でした。二人とも結婚しないとの誓約をしていたはずです。しかし「あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです」というパウロの言葉が二人を後押ししたのでしょう。二人は誓約から自由になって結婚しました。まさに聖書の言葉は私たちの人生を変える力を持っています。
・人はキリストの霊をいただくことによって、自分の中にある肉の欲が、霊の愛に変えられていきます。それは具体的にどういうことか、どのように実践すべきかを、パウロは教会の人々に伝えます。それが今日、お読みするガラテヤ6章「重荷を担い合う生き方」です。パウロは言います「万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、霊に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい」(6:1)。私たちは洗礼を受けてキリスト者になりますが、それでも罪を犯し続けます。では洗礼を受けて何が変わるのか、それは「自分が罪を犯し続ける存在であり、それでもキリストに赦されて現在を生かされていることを知る」ことです。キリスト者は自分が罪人であることを知るゆえに、相手の罪を責めなくなります。そこに柔和が生まれ、この柔和が交わりを生みます。それが2節の言葉です「互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです」。重荷とは、労苦です。労苦を担い合いなさい、隣人を愛するとは、相手の労苦を共に担うことです。それは「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私の許に来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)と言われたイエスの後に従う行為です
・パウロは、言葉を続けます「実際には何者でもないのに、自分をひとかどの者だと思う人がいるなら、その人は自分自身を欺いています。各自で、自分の行いを吟味してみなさい。そうすれば、自分に対してだけは誇れるとしても、他人に対しては誇ることができないでしょう。めいめいが自分の重荷を担うべきです」(6:3-5)。私たちの行為は、最終的に神の御前で審判を受けます。その時、「あの人に比べて悪いことはしていない」とか、「世間の人は賞賛してくれた」等の言葉は何の意味も持ちません。神の前に立って恥ずかしくないように、今現在を生きなさいとパウロは語ります「自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります」(6:8)。だから「たゆまず善いことを行いなさい」(6:9-10)とパウロは教会の人々に語るのです。

2. イエスの焼き印を身に帯びて

・パウロは手紙の最後に言います「この十字架によって、世は私に対し、私は世に対してはりつけにされているのです。割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです」(6:14-15)。もし人が神からの招き=福音を受け入れるなら、その人の生き方は根本から変えられます。新しい創造が始まるのです。新しく創造された人は「世に対してはりつけにされている」、世とは異なる価値観に生かされます。私たちも洗礼という形で、「イエスの焼き印」を身に帯びています。まだ洗礼を受けていない人はぜひ洗礼を受けてほしい。それはイエスと共に十字架に死に、イエスと共に新しい命を生きるという「焼き印」です。その焼き印を受けて人は教会に加わるのです。教会は地上にあるゆえに問題を抱えた群れではありますが、それでも地上に開かれた神の国の入り口なのです。
・パウロは言葉を続けます「これからは、だれも私を煩わさないでほしい。私は、イエスの焼き印を身に受けているのです」(6:17)。「焼印=スティグマ」、焼き鏝で奴隷につけられる所有者の印です。パウロはキリストに対する信仰故に数々の迫害を受けて来ましたが、体に残る鞭の傷跡こそ「イエスの焼き印」と考えています。だから彼はキリストなしの信仰には我慢がならないのです。だから彼は割礼を受けよと勧める宣教者に対して、「あなたがたをかき乱す者たちは、いっそのこと自ら去勢してしまえばよい」(5:12)と激しい言葉を用います。
・ガラテヤ教会の人々も、またエルサレムの伝道者たちも、手紙の激しさにびっくりし、また憤慨したでしょう。伝道者たちに言わせれば、「自分たちはキリストの福音を伝えており、ただ同胞ユダヤ人の誤解を避けるために教会の人々に割礼を奨励しただけだ」ということでしょう(6:12)。またガラテヤの教会員も思ったことでしょう「自分たちはキリストの福音を信じている。ただその信仰に加えて律法の行いを守ろうとするのが何故そんなに悪いのか」。パウロは何故こんなに激しく怒るのでしょうか。それは「異なる福音」が、キリストの恵みを台無しにするからです。割礼に代表される律法主義は教会を壊す「パン種(腐敗の元)」なのです(5:9)。

3.教会の実生活の中で

・では人はどのように変わりうるのか、それを確認するために、招詞にヨハネ8:11を選びました。次のような言葉です「 女が『主よ、だれも』と言うと、イエスは言われた『私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない』」。律法学者とファリサイ派の人々が姦通の現場で捕えた女性を連れて来て言いました「先生、この女は姦通をしている時に捕まりました。こういう女は石で打ち殺せとモーセは律法の中で命じています」(8:4-5)。イエスは答えられます「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、石を投げなさい」(8:7)。イエスの答えを聞いた者は、「年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエス一人と、真ん中にいた女が残」されました(8:9)。イエスは、人々に、「あなたは本当に神の前に無罪だと言えるのか、本当に姦淫の思いを抱いたことはないのか」という問いかけをされたのです。良心を持つ人は誰も、「自分は神の前に罪を犯したことがない」と言うことが出来ません。だから誰も石を投げることが出来ませんでした。
・聖書に語る「罪」には二つの区分があります。英語では法を犯す罪、犯罪をCrime、内なる心で犯す罪をSinと言い分けています。そしてこの内なる罪Sinこそが外に現れ出て、Crimeとなるのです。イエスが、「あなたたちの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい」と言われた後、ファリサイ人や律法学者が立ち去ったのは、「自分たちは神の戒めを破ったことはない。神の前でSinなる罪を犯したことはない」と言い切れなかったからです。聖書のいう罪を正しく認識した時、誰も他人を裁けなくなります。みながいなくなり、その場には女性とイエスの二人だけが残されました。イエスは残された女性に言われます。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか」(8:10)。女性が「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」(8:11)。イエスはそれ以上、咎めようとせず、女性を解放されました。
・ヨハネ7:53-8:11は聖書では〔 〕の中に書かれています。古い写本に記載がなく、後代の加筆の可能性が高く、資料的な問題があることを示します。この部分をルカ21:38の後に入れている写本もあり、おそらくは当初ルカ福音書にあったものが削除されて、後にヨハネ福音書に挿入されたのではないかと思われます。何故なのでしょうか。姦淫の罪を犯したにもかかわらず、その罪を無条件に赦されるイエスの態度に、ルカ教会の人々が戸惑ったからだと思われます。しかしヨハネ教会の人々はその戸惑いを超える真実を物語の中に見出したゆえに、あえてこの物語を自分たちの福音書の中に挿入したのだと思われます。
・ここに在るのは無条件の赦しではありません。「私もあなたを罪に定めない」とは、「あなたは罪を犯した。しかしあなたはこの辱めを通して自分の罪を知った。もう十分だ」という意味です。だから「もう罪を犯してはならない」。女を律法通り石打の刑で殺した時、一人の命が失われ、そこには何の良いものも生まれません。それは父なる神の御心ではない。しかし、女に対する処罰を猶予することによって、女は生まれ変わり、新しい人生を生き始める。ここに、「人を滅ぼすための裁き」ではなく、「人を生かすための裁き」が為されています。倫理や道徳を強調するルカ福音書の編集者はこれを削除し、偏見を超えて赦しの物語に注目したヨハネ福音書の編集者がこれを拾い、その結果「福音の中の福音」が残されました。愛するとは赦すことであるとの真理がここ示されました。内村鑑三はこの箇所を「この一篇の如き、これを全福音の縮図として見ることが出来る。もしこの篇だけが残っていてもイエスの感化は永久に消えない」と評しています(内村鑑三、1929.11、聖書の研究)。
・パウロが「万一だれかが不注意にも何かの罪に陥ったなら、霊に導かれて生きているあなたがたは、そういう人を柔和な心で正しい道に立ち帰らせなさい」(6:1)と語るのも同じです。「互いに重荷を担いなさい」(6:2)、排除するのではなく、受け入れなさい。イエスが一人の女性の人生を買い取られたように、あなたも赦された者として、あなたの出会う相手の人生を買い取りなさいとパウロは語るのです。ガラテヤ書には「イエスの愛」と、それに従う「弟子パウロの愛」が息づいています。そこを読み取った時、この聖書の言葉が私たちの生き方を変える言葉になるのです。


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05 26

2019年5月26日説教(ガラテヤ5:1-15、キリスト者の自由)

1.福音から離れ始めたガラテヤ諸教会へ

・ガラテヤ書を読み続けています。ガラテヤ書の舞台は小アジアのガラテヤです。最初のキリスト教会はエルサレムに生まれました。復活のイエスに出会った弟子たちがエルサレムに集められ、ペンテコステの日に、聖霊を受け、福音を語り始め(使徒2:36)、多くの人々がバプテスマを受け、教会が生まれました。当初のエルサレム教会はユダヤ人信徒で構成されていましたが、一部の信徒たちはユダヤ教の中核である神殿礼拝や祭儀を拒否したため、彼らはサマリヤやシリアに追放され、そこに新しい教会が生まれていきます。シリアのアンティオキアを中心とするユダヤ人・異邦人混合教会です。アンティオキア教会はやがて、キプロスや小アジア、ギリシア等へも宣教師を派遣し、ガラテヤ、エペソ、コリント等にも教会が生まれて来ました。福音がローマ世界に広がり始めましたが、同時にいろいろの問題が生じて来ました。
・ガラテヤの諸教会はパウロの伝道によって設立されましたが、パウロが立ち去った後、エルサレムから派遣されたユダヤ人教師たちが、「キリストを救い主として受け入れるだけでは十分ではない。救われたしるしとして割礼を受けなければいけない」として、人々に割礼を求めました。そのことを伝え聞いたパウロは、ガラテヤ諸教会宛てに手紙を書き、「もし、人が律法のお陰で義とされるとすれば、それこそ、キリストの死は無意味になってしまいます」(2:21)と彼らが割礼を受けないように迫りました。
・アンティオキア教会にはユダヤ人もギリシア人もいましたが、民族は違っても兄弟姉妹の交わりがなされ、信仰が民族を超えたものとなり、人々はその地で初めて「クリスティアノ」(キリスト者)と呼ばれ始めました。しかし、エルサレム教会の人々は依然としてユダヤ教の枠内にいて、「異邦人も割礼を受けて律法を守らなければいけない」と主張していました。パウロはエルサレムに行って、使徒たちと話し合いを行い、異邦人には割礼を強制しないことが決められましたが、原理主義的なグループは律法に対しこだわり続け、「割礼を受けなければ救いはない」と諸教会に申し送り、争いが絶えませんでした。そのためにガラテヤ書が書かれました。

2.再び奴隷に戻るな

・ガラテヤの人々は、割礼を受けなければ救われないとのエルサレム教会の指導を受けて、割礼を受けようとしています。パウロは彼らに言います「自由を得させるために、キリストは私たちを自由の身にして下さったのです。だから・・・奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。もし割礼を受けるなら、あなたがたにとってキリストは何の役にも立たない方になります」(5:1-2)。割礼を受ける、律法によって救われるとは、律法をすべて守ることを意味しますが、そのようなことは人には出来ません。自然のままの人間は自己の欲望を制御できない、私たちは律法を守ることは出来ない、だからキリストが死んで下さった、その恵みにすがるしかないとパウロは語ります「割礼を受ける人すべてに、もう一度はっきり言います。そういう人は律法全体を行う義務があるのです。律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います」(5:3-5)。
・パウロは続けます「キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です」(5:6)。形ではない、中身なのだとパウロは語ります。ユダヤ主義者たちは形のある信仰を求めました。律法は見えます。割礼を受ける、安息日を守る、食べていけないと言われたものは食べない、見えるものを守ることで救いの確信を得たいと思うのが律法主義です。しかし、この律法主義は教会を壊す悪を秘めています。パウロは言います「僅かなパン種が練り粉全体を膨らませるのです」(5:9)と。小麦粉の塊にパン種(酵母)を入れて焼くと、ふっくらとした、やわらかいパンになります。私たちは酵母の働きが人の役に立つ時、それを「発酵」と言い、役に立たない時、「腐敗」と言います。しかし、腐敗も発酵も同じ菌の働きです。ガラテヤの人々は割礼を受け、律法を守ることを、パンをおいしくする信仰的な行為として受け入れようとしていますが、パウロは「それはパンをおいしくするのではなく、パンを腐らせる行為だ。律法主義を受け入れた時、教会はキリストの体ではなくなる」と語ります。
・律法そのものは悪ではありません。ただ「律法を守れば救われる、守らない者は裁かれる」とする時に、それは悪になって行きます。安息日は「休みなさい」という恵みですが、「安息日を守らない者は呪われる」とした時、その律法が悪になって行きます。割礼もそうです。神に従うしるしとして割礼を身に帯びることは祝福ですが、「割礼を受けない者は救われない」とする時、それは悪になって行きます。人は良いものを悪に変えてしまう存在なのです。

3.キリスト者の自由

・今日の招詞にルカ18:13を選びました。次のような言葉です「ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんでください』」。イエスは、自分は正しいとして人を見下しているファリサイ人を懲らしめるために、ある喩え話をされました。こういう話です「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、私は他の人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。私は週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています』」(18:10-12)。
・ここに典型的な律法主義者の生き方が示されています。「してはいけないと定められた悪いことはしていません。しなさいと言われた良いことをしています。だから救って下さい」。自分は律法を守っている、自分は正しいと自負する人は、対価として救いを要求します。そして律法を守らない人を攻撃します(私は徴税人のような者でもない)。それに対して、罪人と名指しで攻撃された徴税人の祈りが、招詞の言葉です。彼は自分が救いに価しないことを知っています。彼にできることはただ神の憐れみを乞うことだけです。イエスは言われます「言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」(18:14)。パウロが割礼にこだわるのもそのためです。割礼を受けた人は自分の救いを神に要求するようになる。それはもはや神の恵みに生きる福音信仰ではなく、自分の力を頼みにする偶像礼拝です。
・パウロは語ります「兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。律法全体は『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全うされるからです」(5:13-14)。自由とは「自分の思う通り何でもできる」ことではありません。人はキリストに出会い、解放されることを通して、自分の中にある肉の欲が、霊の愛に変えられていきます。肉の欲とは相手を自分に仕えさせようとする欲です。他方、霊の愛は自分が相手に仕えていく行為です。前にもお話ししましたが、オーストラリア駐在時代にお世話になったD.ヘイマン宣教師は、私たちに次のように語りました「私はワインが大好きです。オーストラリアのワインはおいしい。しかし、宣教師がお酒を飲むことにつまずく人もいるので、私はお酒をやめました。しかし、あなた方はどうぞおいしいワインを楽しんで下さい」。「つまずく人がいるので、私は飲まない、しかしあなたは飲んで楽しみなさい」。これが律法から解放されたキリスト者の自由、愛に基づく自由です。
・律法からの解放は人を自由にします。マルテイン・ルーサー・キングは、1963年に「汝の敵を愛せ」という説教を行いました。当時、キングはアトランタの黒人教会の牧師でしたが、公民権運動の指導者として投獄されたり、教会に爆弾が投げ込まれたり、子供たちがリンチにあったりしていました。そのような中で彼は語ります。「イエスは汝の敵を愛せよと言われたが、敵を好きになれとは言われなかった。我々の子供たちを脅かし、我々の家に爆弾を投げてくるような人をどうして好きになることが出来よう。しかし、好きになれなくても私たちは敵を愛そう。何故ならば、敵を憎んでもそこには何の前進も生まれない。憎しみは憎しみを生むだけだ。愛は贖罪の力を持つ。愛が敵を友に変えることの出来る唯一の力なのだ」敵を友に変えることの出来る愛はアガペーの愛であり、それは感情ではなく、意思です。それは神から与えられる賜物です。割礼はこの賜物を虚しくするのだとパウロは語るのです。
・私たちは嫌いな人を好きになることはできなくとも、彼らのために祈ることはできます。自分に敵対する人のために祈るという実験を私たちが始めた時、その祈りは真心からのものではなく、形式的なものでしょう。しかし形式的であれ、祈り続けることによって、「憎しみが愛に変わっていく」体験をします。その時、私たちは隣人の欠点を数えなくなります。パウロは言います「割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです」(6:15)。「新しく創造される」、キリストの愛によって根底から変えられる、その道に私たちは招かれているのです。
・最後にパウロがコリント教会に書いた自由の定義を引用します。「全てのことが許されている。しかし、全てのことが益になるわけではない。全てのことが許されている。しかし、全てのことが私たちを造り上げるわけではない。だれでも、自分の利益ではなく他人の利益を追い求めなさい」(第一コリント10:23-24)。自由とは何をしてもよいことではない。そうではなく、兄弟を憎まない自由、兄弟の悪口を言わない自由、兄弟のために祈る自由が、与えられている。キリストの十字架に接して、私たちは兄弟を憎まない自由を強制ではなく、自由意志で選び取っていくのです。


カテゴリー: - admin @ 08時23分01秒

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